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三章八話 叶った夢

ライトが目を覚ます。


「……ここ」


 記憶のどこかに残っている。


 ヴォルケニア島の広場。


「おーい、ライト!」


 金髪短髪の筋肉質な男が手を振る。


「早く来いよ! ■■■■ブートキャンプ始めるぞー!」


「ライトおおおおお!」


 銀髪短髪の大柄な男。


「■■■■だぞおおお! 今日も熱いトレーニングだあああ!」


「■■■■! ■■■■! ライト〜!」


 銀髪の長髪の女性が笑っている。


「■■■■は家でご飯作って待ってるから、今日も頑張っておいで!」


「…………?」


 顔が分からない。


 名前も聞き取れない。


 まるで記憶の一部だけ、黒く塗り潰されている。


 それなのに、胸が温かい。


 ここにいるだけで安心する。


「何でだ……?」


 ライトは笑った。


「俺……ここにずっといたいな」


     ◇


「……ここは」


 サブローが目を覚ます。


「俺の家?」


 扉が開く。


「パパー!」


 小さな影が走ってくる。


「起きて〜! ママがご飯できたって!」


 子どもがサブローへ抱きつく。


「…………」


 サブローの腕が震える。


「ああ」


 その身体を抱き返す。


「今行くよ」


 胸が痛むほど、幸せで懐かしかった。


「……今までの旅の方が」


 サブローは目を閉じた。


「夢だったのか」


     ◇


 現実。


 眠りについた参加者たちを眺めながら、ユメルは満足そうに笑っていた。


「いや〜」


 仮面を押さえる。


「やっぱり夢っていうのは〜」


「叶えるからこそ意味があるんですよね〜」


「叶うからこそ幸せなんです〜」


「ほら」


「皆さん、笑ってるじゃないですか〜」


「現実では泣いてた人まで」


「夢の中では幸せそうに笑ってる」


 ユメルの笑みが深くなる。


「あの方のおっしゃっていた通りですね〜」


「この国へ配属されてからの結果が〜」


「何よりそれを証明していますよ〜」


 ――ヒュッ。


 一本のナイフがユメルの頬を掠めた。


「ん〜?」


 ユメルが振り返る。


「何ですか〜?」


「ユメル!」


 エデルだった。


「僕を覚えているか!?」


「あれあれあれ〜?」


 ユメルはわざとらしく首を傾げる。


「夢が叶わなかった、不幸で不運で落ちこぼれのエデルさんじゃないですか〜!」


「今更、夢を叶えに来たんですか〜?」


「今は夢なんかどうでもいい!」


「おや」


「カノイをどこにやった!」


 エデルが叫ぶ。


「僕の妻を返せ!」


「ああ〜、カノイさん」


 ユメルは楽しそうに手を叩く。


「彼女なら、そろそろ肉体と精神の境界が壊れて〜」


「わたくしの操り人形になる頃ですね〜」


「ふざけるな!」


「早く返せ!」


「国王も、こんなこと知ったら黙ってないぞ!」


「心配ご無用〜」


 ユメルは笑う。


「国王も既に、わたくしの操り人形ですから〜」


「……!」


「王宮画家ごときが、王を操れるわけ――」


「エデルさん〜」


 ユメルの声色が僅かに変わる。


「貴方も夢見ていた『王宮画家』をごとき呼ばわりするの、やめていただけます〜?」


「…………」


「まあ」


「わたくしにコンテストで何度も負けたせいで、なれなかったんでしたっけ〜?」


「そんなことどうでもいい!」


「僕はもう、王宮画家になれなくても幸せなんだ!」


「へえ〜」


「カノイを返せ!」


「カノイさんも気の毒ですよね〜」


「何?」


「最初からわたくしを選んでいれば、こんな目には遭わなかったのに〜」


「ユメル」


 エデルの顔が険しくなる。


「お前もカノイが好きだったのは知ってる」


「ええ」


「でも、お前は彼女より夢を選んだんだろ」


「…………」


「王宮画家になる夢を」


「それの何が悪いんです〜?」


「悪いとは言ってない!」


「なら、今更彼女に執着するな!」


「ん〜」


 ユメルは考えるふりをする。


「そうもいかないんですよね〜」


「何でだ?」


「わたくしの能力で夢世界へ落ちた人間が何を望んでいるのか」


 仮面へ指を当てる。


「わたくしには分かるんです〜」


「…………」


「カノイさんの本当の夢」


「何だったと思います?」


「カノイはずっと言ってた」


 エデルが答える。


「リンゴ農園を国一番にしたいって」


「それもあるでしょうね〜」


「でも、もっと強い夢がありました〜」


「何だよ」


「エデル」


「…………」


「貴方がもう一度、本気で筆を握ること」


「……!」


「そして」


「王宮画家になること」


 エデルの顔から血の気が引いた。


「そんな……」


「夢を叶えたわたくしから女を奪って〜」


「その女には〜」


「今度は、わたくしの地位まで奪うような夢を見られてる」


「そんなの」


 ユメルの声から笑いが消える。


「夢を叶えたわたくしが、あまりにも可哀想じゃないですか?」


「だからって……!」


「僕はもう王宮画家を目指さない!」


 エデルの声が震える。


「だからお願いだ!」


「カノイを返してくれ!」


「嫌ですね〜」


「ユメル!」


「夢の中で、彼女は幸せそうですよ〜?」


 ユメルが笑う。


「現実へ戻って、夢が叶わないことに苦しませるより」


「ずっと夢の中で幸せにしてあげる方が」


「優しいと思いませんか?」


「それを決めるのはお前じゃない!」


 エデルが叫ぶ。


「本人だ!」


「ん〜」


「意見が合いませんねえ〜」


「それに」


 ユメルは頬の傷へ触れる。


「貴方、最初からナイフ投げてきましたよね〜?」


「…………」


「それで交渉しようなんて無理でしょう?」


「なら」


 エデルが紙と筆を取り出す。


「力づくで返してもらう!」


 凄まじい速度で、紙の上へ一本の剣を描く。


 完成した瞬間、光が走った。


 絵から剣が実体化する。


「相変わらず面白い能力ですね〜」


「黙れ!」


 エデルは剣を握り、ユメルへ立ち向かった。


     ◇


「……あれ?」


 ルナが目を覚ます。


「ここ……」


 自分の部屋。


「ルナ〜!」


 廊下から声が聞こえる。


「母さん、ご飯できたってさ〜!」


「……お父さん?」


 懐かしい声。


「気のせい……?」


 扉が叩かれる。


「ルナ〜!」


「どうぞ……」


 扉が開く。


「さっきから呼んでるんだけど?」


 父。


「早くしないと、ご飯冷めちゃうぞ」


「お、お、お父さん!?」


「何だよ」


「いつ帰ってきたの!?」


「いつって」


 父が笑う。


「ずっと一緒に住んでるだろ?」


「え?」


「十七歳の反抗期だからって、その扱いは父ちゃん傷つくぞ〜」


「だって」


「私の呪いを解く方法を探すために旅へ……」


「何言ってるんだ?」


「え?」


「ルナの呪いなら、とっくに神託に応えて解けただろ」


「…………」


「そう……だっけ?」


「そうだよ」


 父は笑う。


「ほら、早く」


     ◇


「ルナちゃん!」


 母が笑顔で迎える。


「今日は貴方の好きなオムライスだよ〜!」


「お母さん……」


「どうしたの?」


「ううん」


 席へ着く。


「いただきます」


 一口。


「……っ」


 涙が止まらなくなった。


「ルナ!?」


「どうしたの?」


「何でもない」


「でも泣いてるぞ」


「何でもないの」


 ルナは笑った。


「このオムライス……すっごく美味しい」


 久しぶりに。


 何も考えず。


 心から笑った。


 両親も安心したように笑った。


     ◇


 それから一日、二日、三日と時間が過ぎていった。


 朝起きれば父がいる。


 母が料理を作っている。


 笑っても何も起きない。


 数字は減らないし、見えない。


 身体も痛まない。口の中へ砂利を詰め込まれたような不快感もない。


 母が「笑わないで」と怯えることもない。


「……幸せ」


 ルナは何度も思った。


 このままでいい。


 ここなら何も失わない。


 夜、一人になった部屋で呟く。


「遂に夢が叶ったんだあ」


 父もいる。


 母もいる。


 笑える。


 何も怖くない。


 この世界以上に欲しかったものなんて、ないはずだった。




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