二章九話 妹としてのわがまま
その日の深夜。
城の地下牢。
「あ、ミル様」
衛兵が頭を下げる。
「どうされました?」
「……お願いがある」
「何でしょう」
「ソウを、処刑場へ連れて行ってくれ」
「ですが、処刑はまだ先の予定では?」
「分かっている」
ミルは拳を強く握る。
「でも……兄の最期は、私が見届けたい」
「…………」
「私の手で終わらせたいんだ」
衛兵はしばらく迷い、頷いた。
「分かりました」
「ありがとう」
「ですが、処刑した証拠は残してください。国民も役人も納得しませんから」
「ああ……分かっている」
◇
夜の処刑場。
ソウは柱へ拘束されていた。
衛兵が去り、兄妹だけが残る。
「まさか」
ソウが苦笑する。
「最期がお前とはな」
「…………」
「他の奴に殺されるよりはマシか」
ミルは答えない。
「なるべく楽に頼む」
「……嫌」
「何?」
「楽には終わらせない」
ミルの声が震える。
「ソウ兄には……生きててほしい」
「…………」
「でも」
拳を握る。
「それを王になる私が言っちゃいけないことも分かってる」
「ミル」
「ソウ兄に家族を殺された人がいる」
一滴、涙が落ちた。
「兄に人生を壊された人がいる」
「…………」
「その人たちが死刑を望んでいる」
ミルは俯く。
「私が兄を逃がすのは、王として絶対に正しくない」
「ああ」
「身内を庇って、国民の決定を裏切ることになる」
「ああ」
「知られたら、私は王になれないかもしれない」
「ああ」
「罪人として捕まるかもしれない」
ソウは黙って妹を見る。
「それでも……」
ミルが顔を上げた。
「妹としては、ソウ兄に死んでほしくない」
「…………」
「死刑になって終わるんじゃなくて、生きて、自分がしたことを見てきてほしい」
ミルはソウへ近づき、一つずつ拘束を外していく。
「自分の普通が何だったのか」
「ソウ兄が壊した人たちが、どう生きてるのか」
最後の縄を解く。
「世界には、ソウ兄の知らない普通がどれだけあるのか」
「ミル……」
「だから」
ミルは涙を拭う。
「これは王としての命令じゃない」
「…………」
「妹としての、わがまま」
一歩下がる。
「贖罪の旅に出て」
「……我を逃がせば、お前も罪人だぞ」
「分かってる」
「国民を裏切ることになる」
「分かってる!」
ミルの声が震えた。
「分かってるから苦しいんでしょ!」
沈黙。
「私がやろうとしてることを、正しいなんて思ってない」
「…………」
「でも……」
ミルは泣きながら笑う。
「私は、ソウ兄の妹だから」
ソウは長い間、何も言わなかった。
やがて小さく笑う。
「……阿呆が。兄妹揃って、普通じゃねえな」
「ソウ兄に言われたくない」
ソウは処刑台の端へ歩く。
そこには、罪人を斬るための剣が置かれていた。
剣を拾い上げる。
「これを使え」
「何?」
ソウは自分の左腕を切り落とし、松明の炎で傷口を焼いた。
「俺の腕を燃やせ」
王家の指輪も外す。
「これも置いていく」
「ソウ兄!」
「これでいい」
処刑台と衣服へ血を染み込ませる。
「処刑台ごと燃やせ」
「…………」
「遺体は王族として人目に晒したくなかった。そう言え」
「そんな簡単に信じてもらえるかな……」
「信じてもらえなければ、お前も裁きを受けろ」
「…………」
「お前は今、王になる者として間違ったことをしている」
「分かってるよ」
「なら、その代償も背負え」
ソウは残った掌を見る。
「我も背負う」
獣人化する。
「世界を見てくる」
「うん」
「自分が普通じゃないと思ってたものも」
「うん」
「我が傷つけた人間と同じように苦しんでる奴も」
「うん」
「全部見てくる」
ミルの瞳から涙が溢れる。
「ミル」
「何?」
「……ありがとな」
次の瞬間、ソウは夜の闇へ消えた。
処刑場に、ミルだけが残る。
兄を逃がした安堵。
国民を裏切った罪悪感。
王になる者として、間違った選択をした自覚。
どれも消えない。
ミルはしばらくその場で泣いた。
やがて立ち上がり、兄が残した指輪を見る。
「……私も、自分の選択から逃げないからね」
処刑台へ火を放った。




