二章五話 野望を持つ旅人
作戦当日の朝。
「自己ベスト更新できたぜ!」
ライトは満面の笑みだった。
「覚えてる自己ベストを何回か更新したんだけどさ。同じくらいのタイムじゃ達成感が出なくて苦労した!」
「ってことは――」
ルナが考える。
「自己ベスト更新の達成感を使うマッスル・ライトニングって、いつか肉体的な限界が来るんじゃない?」
「俺の筋肉に限界はなあああい!」
「はいはい。今でも首から下は若干人間やめてるけど」
「今回の達成感、かなりでかいぞ!」
「ということは?」
「前の国より速く動ける気がする!」
「私、生きてられるかな……」
「気合い! 根性! 努力!」
「とりあえず、前みたいに私を固定するベルトか縄買いましょう」
「そうだな!」
◇
「ベルトってどこに売ってるんだ?」
「武具屋じゃない?」
「看板読めねえしなあ……」
ライトは辺りを見回す。
「重い物を持ち上げるときに、腹圧高める太いベルトがいいんだけど」
「何それ?」
「腰を守るやつ」
そのとき。
「……ん?」
ライトが鼻を動かす。
「くんくん……」
「何してんの?」
「この匂い……!」
「え?」
「ダンベルだ!」
「は?」
「ルナ! こっちにダンベル置いてる店がある!」
「怖っ! 何なの、ダンベルの匂いって!」
ライトの嗅覚を頼りに店へ入る。
「店主!」
「はいよ」
「ここで一番長くて丈夫なベルトくれ!」
「アンタ、いい筋肉してるねえ」
店主が感心する。
「一番長いのはこれだが……その身体でも長すぎるぞ?」
「今回は正しい使い方しない!」
「何?」
「この女性を俺の背中に固定する!」
「!?」
「あと縄も何本か!」
「それは新しいトレーニングか!?」
「そんなようなもん!」
ライトは振り返る。
「あ、ルナ。背負ったときにどれくらい筋肥大に効くか計算したいから、お前の体重――」
――ゴッ!
ルナの拳がライトの頬へめり込んだ。
「…………」
「このパンチ……気合い入ってるなあ」
店主が目を輝かせる。
「見事な突きだ……!」
「感心すんな!」
何とか目的の品を購入し、店を出る。
ルナが少し気まずそうに言った。
「前から思ってたんだけど、ライトの背中に密着するの、ちょっと抵抗あるんだよね」
「何で?」
「胸がさ……ほら」
「ん?」
「当たるじゃん?」
「俺の広背筋と脊柱起立筋が立派すぎるせいか、ルナの胸が小さいせいか知らねえけど、全然――」
――ゴッ!
二発目。
「作戦開始前に多大なるダメージが……」
「気を取り直して出発!」
◇
処刑場には、大勢の国民が集まっていた。
ライトとルナが互いの身体をベルトで固定していると、一人の男が磔にされて運ばれてくる。
三十代後半ほど。
無精髭の似合う、渋い顔立ちの男だった。
「頼む! 誰か助けてくれ!」
男が叫ぶ。
「礼はする! まずはこの国に価値観を押しつけてる糞王をぶっ飛ばしてやる! その後は、助けてくれた奴らでいい国作ってくれ!」
観客がざわつく。
「俺には野望がある! こんなところで死ねねえんだ!」
男は目を閉じたまま叫び続ける。
「俺を庇ってくれた女性も助けたいんだ! 誰か!」
顔を歪めた。
「くそっ! 怒りすぎて何も見えねえ!」
処刑台へ、国王ソウ・ノーマリティが現れた。
「貴様のような普通ではない者を見ると、殺意が湧いて収まらん!」
ソウは旅人を睨む。
「我の呪いを差し引いても、貴様は殺さねば気が済まない!」
旅人が顔を上げる。
「見えねえけど、この声は糞王だな!」
「貴様――」
「そこにいるんだろ!」
旅人は声の方向へ唾を吐いた。
「確かにルールは国を守るために必要だ!」
叫ぶ。
「国をまとめるなら、一定の基準も必要だろうよ!」
「…………」
「でもテメーは、人の考えも聞かずに、自分の『普通』を全員へ押しつけてるだけだ!」
ソウの顔が赤くなる。
同時に、空へ暗い雲が広がっていく。
「処刑を――」
その瞬間。
轟音。
観客席へ雷が落ちた。
「何だ!?」
ソウが振り返る。
何かが恐ろしい速度で横切った。
再び処刑台へ目を向ける。
「……いない?」
旅人も、磔にしていた木枠も消えていた。
「探せ!」
ソウが叫ぶ。
「見つけたら殺して構わん!」
その場から衛兵が一人消えていることには、気づかなかった。
◇
城の倉庫らしき場所。
ライトは旅人と、無力化した衛兵を下ろした。
「すげえ速さで移動した気配はしたが……」
旅人が辺りを探る。
「糞王の気配が消えた。誰かが助けてくれたみたいだな」
「おう!」
「誰だ?」
「気にすんな! ミルのついでだから!」
「ついでかよ!」
「俺はライト・ザック・バーナル! ライトでいい!」
「ライト君か」
男は笑った。
「俺はサブロー・アングリラ。サブローって呼んでくれ」
「よろしく!」
「助けてくれて、本当にありがとう」
サブローは目を閉じたまま言う。
「今は呪いのせいで目が見えないが、治ったら必ず力になる」
耳を澄ませる。
「あと二人いるな?」
「私はルナ・ナイト・メアル」
「ルナちゃんね」
「もう一人は、ミルの居場所を聞くために捕まえた衛兵」
「なるほど」
「よし!」
ライトが衛兵を見る。
「衛兵さん! ミルの場所教えてください!」
「そんな正面から聞いて答えるわけないでしょ!」
ルナが怒鳴る。
衛兵は普通に答えた。
「ここをまっすぐ行って右。二つ目の角を左だ」
「めっちゃ答えてくれた!」
「壁がなければ、ほぼ直線だ。牢には鍵があるが、俺は持ってない」
「親切!」
「罠かもしれないでしょ!」
「いや」
衛兵が言った。
「俺はミル様に恩がある。あの方が処刑されるなんて納得していない」
ライトは頷く。
「信じる!」
「早い!」
「ありがとな!」
ライトはサブローを担いだ。




