二章二話 普通が幸せ
シンカ王国へ入って最初にライトが気づいたのは、街中にいる大量の動物だった。
「うおっ! 何だこれ? 野生の動物か?」
犬や猫だけではない。
小型の獣や鳥まで、様々な動物が道を歩いている。
「いや……みんな首輪してるから、誰かの飼ってる動物じゃない?」
「そうだとしたら無責任すぎるだろ……」
住民たちは動物を避けるように歩いていた。
「一旦宿探しましょ。荷物重いし」
「ほいほい」
街を歩いていく。
奇妙なことに、この国の建物の多くは一階に入り口がない。二階へ続く階段やスロープの先に扉があり、その手前には動物が簡単に開けられない柵が取りつけられていた。
「動物が入ってこないようにしてるのか……」
「変わった国ね」
二人は宿を見つけ、荷物を置いた。
「よーし! ルナ、外行こうぜ!」
「はいはい」
再び街へ出ると、ライトは壁や掲示板を見回した。
「改めて見ると、新聞みたいな紙がいっぱい貼ってあるな」
「話し言葉は共通語だけど、文字は国ごとに違うことも多いからね」
「不思議だよなあ。でも、違いがあるから面白いのかもな」
ライトは楽しそうに街を眺める。
歩いていると、掲示板の前に人だかりができていた。
「この前来た旅人、禁を破って処刑されることになったらしいぞ」
「可哀想にな……」
「でも法を破ったんだから、普通だろ」
ルナがライトへ小声で言う。
「聞いた? この国も死刑があるみたい。ライト、くれぐれも変なことしないでよ?」
「ほほーい」
「返事軽いな」
「それより俺、この国の人たちが何を幸せだと思ってるのか聞きたいから、酒場行ってくる!」
「酒場?」
ルナの目が僅かに輝く。
「私も良い感じの男探したいから行く」
「目的違え!」
◇
夕食も兼ね、二人は酒場を探した。
「どの店も二階から入るから、分かりづらいなあ」
「おい、ルナ!」
「何?」
「あっちから酒と肉の匂いがする!」
「便利な筋肉だ」
「筋肉関係ねえ!」
匂いを頼りに酒場へたどり着く。
「ここだな!」
「待って」
「何だ?」
ルナが真剣な顔でライトを見る。
「私の伴侶探しを邪魔しないでね」
「へーへーい」
店内は、立ち飲み客やカウンター客、テーブルを囲んで騒ぐ者たちで賑わっていた。
「じゃあ俺、適当に話聞いてくるから、終わったら声かけ――」
振り向くと、もうルナはいなかった。
「早っ」
すでに立ち飲みの男たちの輪へ入り込んでいる。
ライトも住民たちへ声をかけていった。
「なあ。あんたにとって幸せって何だ?」
「幸せ? 普通になることだな!」
「俺も普通に生きられることかな」
「この国じゃ、普通になることが一番だろ」
「普通?」
ライトは首を傾げる。
「その『普通』って何だ?」
一人目の男が答える。
「普通に結婚して、子どもができて、家を買って、家族に囲まれて暮らすことだろ」
二人目は言った。
「怪我も病気もなく、健康に生きることじゃないか? それが普通だろ?」
三人目は笑う。
「普通は普通だよ。この国で普通に暮らすことだ」
「…………」
全員違う。
ライトは人々に礼を言い、一人で料理を食べながら考えた。
「普通が幸せ……か」
「あー! ライト、こんなところにいたのね!」
ルナが戻ってくる。
「おー。どうだった、伴侶探し」
「全っ然駄目!」
「早いな」
「悪い人たちじゃないけど、私とは合わないわ。聞いた話じゃ王様もかなり偏見強そうだし、早く他の国行こ」
「判断早すぎない?」
「理想の伴侶は待ってくれないのだ!」
「あと一日くらい観光したかった……」
「じゃあお土産屋さんくらい寄ってあげる」
「へーい」
ライトは先ほどの話を思い出す。
「あ、俺も聞きたいことある」
「何?」
「幸せについて聞いたら、みんな『普通になること』って答えたんだ。でも『普通って何?』って聞いたら、全員違うこと言うんだよ。何でだと思う?」
「そんなの当たり前じゃない?」
「え?」
ルナは呆れた顔をする。
「普通なんて、自分の経験や価値観から作った基準みたいなものよ。人によって違って当然じゃない?」
「そういうものなのかあ……」
そのとき。
「そこの銀髪の顔がいい姉ちゃん!」
酔っ払った男が近づいてきた。
「そんな筋肉ダルマ放っといて、こっちで飲もうぜ!」
「結構です」
「いいからいいから!」
「だから嫌だって――」
男がルナの腕を掴もうとする。
その手首を、ライトが掴んだ。
「やめろよ」
「何だテメー! 騎士気取りか、この筋肉!」
酔っ払いがジョッキをライトの顔へ叩きつけた。
――ガシャッ!
ジョッキが粉々になる。
ライトは平然としていた。
「効かねえな。気合いが足りてねえ」
「ライト!」
「ルナは黙ってろ。約束通り、俺から問題は起こさねえ」
「調子乗んな!」
男がライトの胸ぐらを掴む。
「そこまでにしな」
女性の声が割って入った。
紫色の長い髪。
切れ長の瞳。
すらりとした長身。
「自分より年下に、みっともない絡み方するんじゃないよ」
「げっ……ミル様!」
「お忍びの日に『様』をつけるな!」
女性は男を睨む。
「いいから、さっさとここから離れな」
「ちっ……」
男は舌打ちし、去っていった。
女性が二人へ振り返る。
「すまなかったな。筋肉ダルマさんと、可愛い子」
「知らない女性! ありがとな!」
「知らない女性って呼び方ある?」
「俺はライト・ザック・バーナル! こっちはルナ!」
「ルナ・ナイト・メアルです。先ほどはありがとうございました」
「私はミル・ノーマリティ。ミルでいい」
ミルは軽く頭を下げた。
「止めるのが遅れて悪かった。あいつも根は悪い奴じゃないんだ。酔うと少し面倒でな」
「俺は気にしてねえよ!」
ライトがルナを見る。
「な?」
「まあ、ライトがいいなら。私が可愛すぎたのも問題だし」
「自分で言うのか」
ミルが苦笑した。
「そう言ってくれると助かる」
「それよりミル!」
「何だ?」
「せっかくだし、一緒に飯とか酒行こうぜ!」
「私もいいよ」
ルナが手を上げる。
「ミルさんは?」
「せっかくだ。ご一緒させてもらおう」
「じゃあ私、ミルミルって呼ぶ!」
「好きに呼んでくれ」
「店変えようぜ! ミル、いい店教えてくれ!」
「分かった。私のおすすめを案内しよう」
「イェーイ!」




