一章八話 忘れない
ルナにも。
衛兵にも。
雷は触れた。
しかし誰一人、傷つかなかった。
「な……」
王の身体へ雷が流れ込む。
脳裏へ、記憶が蘇った。
妻と食事をした夜。
子どもを抱き上げた日。
家臣と酒を飲み、大笑いした日。
取り戻したくないと思っていた。
思い出せば苦しいだけだと思っていた。
しかし。
――ああ。
幸せだった。
失ったから、無価値になったわけではない。
確かに存在した。
自分は、確かに笑っていた。
「私は……」
同時に別の記憶が押し寄せる。
処刑した国民。
家族の記憶を奪った兵。
幸せという言葉を口にしただけで投獄した子ども。
「私は……何を……」
王の膝が震える。
雷が消える。
静寂。
王はその場へ膝をついた。
「……私は、何をしていたんだ……」
誰も答えない。
「守るつもりだった……」
王は自分の両手を見る。
「二度と、誰にも私と同じ思いをさせたくなかった……」
涙が落ちる。
「なのに……私が……奪っていた……」
ライトは黙って見ていた。
「幸せだけではない……家族も……夢も……人生まで……」
王は震える声で言った。
「私は……許される資格などない」
しばらく沈黙した後、王はライトを見る。
「小僧」
「何だ?」
「私を殺せ」
「嫌だ」
「何?」
「死んで終わりにするな」
ライトは王の前へ立つ。
「俺は旅人だ。この国の人間じゃない」
守備兵長たちが王の間へ入ってくる。
「だから、俺があんたを許すとか、殺すとか決める話じゃない」
「…………」
「この国の人たちに決めてもらえ」
ライトは続ける。
「裁かれるなら裁かれろ。許されないなら、そのまま背負え」
「…………」
「昔のあんたは国民に慕われてたって聞いた」
王は俯いた。
「昔の私には……戻れない」
「そりゃそうだろ」
ライトはあっさり答える。
「やったことも消えない」
「…………」
「でも、生きて何をするかは、これから決められるだろ」
王は長い間、何も言わなかった。
やがて守備兵長が近づく。
「王」
「…………」
「貴方がしてきたことは、取り返せません」
「ああ」
「私は……今すぐ貴方を許すこともできません」
「当然だ」
「ですが」
兵長の声が震えた。
「我々が今まで貴方を完全に見捨てられなかったのも事実です」
王が顔を上げる。
「まずは拘束します」
「ああ」
「王としてではありません。一人の罪人として、この国の民の裁きを受けてください」
王は目を閉じた。
「……分かった」
「逃げないと?」
「逃げない」
王は両手を差し出す。
「奪ったものは戻らない」
涙が落ちる。
「だからこそ、死んで逃げることもしない。残された命で、できる限り償う」
兵長が王の両手を縛る。
「それでも死を望まれたなら?」
「受け入れる」
「……王」
「もう王と呼ぶな」
男は俯いた。
「今の私には、その資格はない」
ライトは二人を見る。
「おっさん!」
兵長が振り返る。
「この国、幸せを自由に探せる国にしていけよ!」
「ああ」
「王様だった人も含めてさ。自分たちで考えて、自分たちで変えていけ!」
「……ああ!」
「何かあったら俺が助ける!」
「旅人のお前をどうやって探すんだよ!」
「気合い!」
「最後までそれか!」
二人とも少し笑った。
◇
「一件落着ってことで!」
ルナがライトへ駆け寄る。
「リリーちゃんのところ行きましょ! 何も言わずに出てきたから、絶対心配してる!」
「…………」
「ライト?」
「……リリーって、誰だ?」
ルナの表情が止まった。
「え?」
「だから、リリーって誰だ?」
「……覚えてないの?」
「ああ」
ライトは頭を掻いた。
「誰かに『幸せを探せるようになったから前向いていけ』って伝えに行かなきゃいけない気はするんだけど……」
ルナは息を呑んだ。
思い出す。
先ほど自分が吸収したのは、王の能力によって『消えつつあった』不幸だけ。
しかし、団欒雷で使った記憶は違う。
ライト自身が能力の代償として完全に燃やした。
もう戻せない。
「団欒雷……」
「ん?」
「さっきの雷で使ったんだ…」
「何を?」
「リリーちゃんとの記憶」
「…………」
ライトは少しだけ目を伏せた。
「そっか」
何も覚えていない。
悲しいとも感じられない。
それが逆に、ルナには辛かった。
「リリーって子はね」
ルナが言う。
「ライトの大事な友達」
「そうなのか」
「この一週間、ずっと一緒にいた」
「一週間も?」
「うん」
「リリーちゃんの前では、忘れたって姿見せないであげて」
「分かった。」
ライトは笑った。
「ま、記憶はなくても、友達だったって分かってるなら会った時楽しく過ごせるさ!」
「……そうね」
◇
「おーい、おっさーん!」
王の間を出る前に、ライトは守備兵長へ手を振った。
「何だ?」
「俺、通行証食っちまったけど、あと少しこの国にいていいか?」
「今さら何言ってんだ!」
「え?」
「好きなだけいろ!」
「いや、旅続けたいから今日中には出る!」
ライトは笑う。
「この国のことは、おっさんたちなら大丈夫だって信じてる!」
兵長は目元を擦った。
「ありがとう!ライト・ザック・バーナル!」
「おう!」
「お前の名前は忘れねえ!」
「…………」
ライトは一瞬だけ目を丸くした。
そして笑った。
「ありがとな!」




