一章七話 団欒雷
巨大な扉を開ける。
玉座には、一人の男が座っていた。
「貴方が国王ですか!?」
「そうだが……貴様は何者だ? 兵はどうした?」
「俺はライト・ザック・バーナル!」
背中を指さす。
「こっちは高速移動で半分死にかけてるルナ!」
「本当に死にそう……」
「王様にお願いがあって来ました! 途中の兵は気絶させました! すみませんでした!」
「…………」
「この国で、幸せを探したいって言った子どもがいるんです!」
ライトは頭を下げる。
「幸せを探して前へ進もうとすることを、罰するのはやめてください!」
王は頬杖をついたまま答えた。
「幸せは人を不幸にする」
「……?」
「幸せを知るから、失ったときに苦しむ。大切な人がいるから、失ったときに絶望する」
王は静かに続ける。
「最初から何も望まなければ傷つかない」
「…………」
「ならば国民全員から『幸せ』という概念を取り除けばいい。誰も失わない。誰も苦しまない。それこそが、この国の幸せだ」
ライトは数秒考えた。
「ほうほう」
「理解したか?」
「面白い考え方だな!」
「うむ」
「でも、それって王様自身も『国民を幸せにしたい』って思ってるってことだろ?」
「…………」
「幸せを否定してるのに、幸せにしようとしてる。矛盾してない?」
「黙れ!」
王が玉座を叩いた。
「お前に何が分かる! 圧倒的な力の前に、大切なものを失ったことがあるか!?」
ライトの表情が変わる。
「圧倒的な力かは分からない。でも、大切なものを失う辛さなら……分かる」
「なら理解できるはずだ!」
王は立ち上がった。
「最初から愛さなければよかった! 想わなければよかった! そうすれば、あれほど苦しまなかった!」
「…………」
「家族も! 一番信頼していた家臣も! 全員失った!」
拳を震わせる。
「私の幸せは、もう戻らない! 国民まで同じ目に遭わせるくらいなら、私が悪になればいい! 何も求めさせなければいい!」
ライトは王を見つめた。
「失ったり、忘れたりしたからって……その時間まで無価値になるわけじゃないと思う」
「何?」
「苦しくなるくらい大切だったってことだろ?」
ライトは自分でも答えを探すように言った。
「俺はまだ幸せが何なのか分からない。でも……苦しむ可能性があるからって、最初から全部捨てるのは違う気がする」
「もういい!」
王がライトを睨む。
その瞳と、ライトの瞳が合った。
王は自分の額を二度叩いた。
トン。
トン。
「……?」
ライトは口を開こうとした。
リリーのことを話そうと思った。
両親を失いながら、それでも笑っていた少女。
この一週間、一緒に過ごした少女。
しかし――。
「…………あれ?」
リリーと食事をしていた景色が霞んでいく。
笑い声が遠ざかる。
あの特徴的な、
――デーシッシッシッ。
という声さえ、徐々に薄れていく。
「お前……」
ライトは王を見る。
「人の記憶を消せるのか?」
「正確には、すぐ消えるわけではない」
王は笑った。
「私が指定した記憶は、時間をかけて薄くなる。一度薄れ始めれば、やがて完全に消える」
「…………!」
「最初は幸福に関する記憶を狙う。次に何を失うかはお楽しみだ」
王は額へ指を当てる。
「最後には自分が誰なのかすら分からなくなり、命令に従うだけの人形になる」
王の後ろから複数の衛兵が現れた。
誰も表情を変えない。
しかし、その頬には涙が流れていた。
「……こいつらも?」
「家族。友人。夢。自分の意思」
王は平然と言う。
「余計なものを削った」
衛兵たちは武器を構える。
「今は私の命令だけを覚えている」
「…………」
ライトの拳が震えた。
「ふざけんなよ……」
リリーとの記憶が、さらに遠ざかる。
「くっそ……俺の能力と相性悪すぎるぜ…運が悪いな……!」
「運が悪い?」
ルナが反応した。
「何が起きてるか分かんないけど、それなら私に任せな!」
「え?」
ルナがライトの肩へ手を置いた。
「不幸を吸い取る為の指パッチン!ーースナップ トゥ アブソーブ ミスフォーチュン」
パチン。
指を鳴らす。
その瞬間。
薄れていたリリーの声が戻ってきた。
笑顔が浮かぶ。
一緒に歩いた街。
食事。
笑い声。
「戻った……?」
「勘違いしないで」
ルナは顔をしかめていた。
「私は失った記憶そのものを戻したわけじゃない」
「?」
「今この瞬間、ライトに起きてる『記憶が失われつつある』っていう不幸を、私が引き取っただけ」
ルナの頭から、リリーとの記憶が薄くなり始める。
「王様の能力が続いてる途中だったから、まだ間に合った」
「じゃあ……」
「完全に消えた記憶は、私には戻せない」
ルナは眉間へ皺を寄せながら、それでも強気に笑うような声音で言った。
「街で助けてもらったお礼! 後は何とかして、この場を収めてよ!」
「ルナ……!」
「終わったら、リリーちゃんのところ行って、また皆んなで、ご飯食べよう!」
「……ありがとな!」
王が再び額へ手を伸ばす。
「お前たちは知らないだけだ!」
叫ぶ。
「絶望を! 幸せを奪われる苦しみを!」
ライトは王へ手を向けた。
何を雷へ変える。
頭の中へ浮かんだ。
フィーナと食卓を囲んだ夜。
ダンベル村の仲間と汗を流した日々。
そして――。
一週間。
リリーと街を歩いた。
くだらない話をした。
笑った。
食事をした。
ライトブートキャンプをした。
ライトの中で最も新しく、最も鮮明な『誰かと温かい時間を過ごした記憶』。
「…………」
失いたくない。
そう思った。
けれど。
目の前には、自分の意思すら奪われた兵士たちがいる。
リリーも、このままならいつか同じ目に遭う。
「だったら……使う!」
ライトは叫んだ。
「王よ!」
リリーと過ごした一週間。
フィーナと囲んだ食卓の一部。
村人たちと笑いながら鍛えた日の一部。
いくつもの『団欒』の記憶を燃料へ変えようとする。
その中でも、最も新しく鮮明だったリリーとの一週間が、雷として一気に消費されていく。
「幸せを失う苦しみより――幸せだった時間に価値を探せ!」
王へ手をかざす。
「団欒雷――ハートウォーミング・ライトニング!」
暖かな橙色の雷が、王の間を包み込んだ。




