宝物(1)
『盟約の魔剣使い』は RPG ゲームである。
ゆえに、この世界に当然のように『ダンジョン』が存在する。
ダンジョンは六つの難易度に分かれている。
初級・低級・中級・高級・達人級、そして勇者級。
レベルを速く上げ、大量の装備品を入手するには、短時間で何度もダンジョン討伐を繰り返す必要がある。
いわゆる RTA、高速周回プレイだ。
なぜ今この話を持ち出したのかといえば――
……
月も雲に隠れ、風も冷たい夜。
四歳のルルエン・オーロラは、たった一人オーロラ領の荒野に立っていた。
明らかに丈の長すぎるマントを身にまとい、複雑な面持ちで目の前を見つめる。
彼の目の前には、初級ダンジョンの入り口が佇んでいた。
壮麗な遺跡などではなく、ごつごつした巨岩が積み上げられただけの、小さな洞窟に過ぎない。
俺は本気で狂ってしまったらしい。
ケイトとフロスを欺いてこんな危険な場所に来たのはもちろん、幼い子供が一人でダンジョンへ向かうなんて、自殺行為に等しい。
だが俺は、生きて帰る自信がある。
もちろん、帰った後命が無事かどうかは別問題だ。
『盟約の魔剣使い』のダンジョン生成は完全なランダムではなく、一定の法則に従っている。
ダンジョンの各部屋には必ず三本の通路が繋がっており、通路の特徴から、次に辿り着く部屋の種類を大体予測できる。
部屋の種類は四種類。
戦闘(強制遭遇戦)、イベント(良悪入り混じるランダム出来事)、回廊(ただの通路)、そして宝箱――最重要エリアだ。
前世の攻略経験から、一度も戦闘せず宝箱部屋へ直行できる固定ルートを俺はまとめ上げていた。
『左、直進、右、右、右、直進、右』
この万能ルートのおかげで、当時の俺は拾った宝物や装備を売り払い、一日でギルド商店の商品を全買い占めることすらできた。
そして今、その知識を実践する機会が訪れた。
よし。ケイトとフロスにバレる前に、周回を終わらせるのが目標だ。
小さな体を巨岩の陰に隠し、微かな月明かりを頼りに、手持ちの『装備』を最終確認する。
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【装備】
防具:『レラントスのマント』
空の神レラントスの力を模し、職人の手により精巧に作られたマント。
身が軽くなる不思議な効果を持つ。
能力:幸運 + 3
回避補正率 + 15%
潜伏確率 + 10%
【珍品】防御 + 20
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これは父さんから『拝借』したものだ。ステータスは意外と優秀だが、ただひたすら大きい。
万が一のため、マントの内側に小型の短剣数本と、小さな魔力ランプを忍ばせている。
重たい……。
だが最低限の装備だ、手放すわけにはいかない。
ルルエン、もっと体を鍛えなければ。
深くため息をつき、俺は洞窟の入り口へ足を踏み出す。
背後の石のアーチが重たい轟音を立ててゆっくりと閉まり、まるで猛獣の口が緩やかに閉じていくようだ。
光が完全に遮られ、俺は暗闇に飲み込まれた。
洞窟の奥から、土と湿気、それに言いようのない腐敗臭が混ざった空気が押し寄せる。
魔力ランプの淡い光が足元をかろうじて照らし出す。
凹凸の激しい岩壁には、奇妙な紋様が刻まれている箇所もあった。
心拍数が上がり、手のひらには冷や汗が滲む。
ルートの安全を知っているとはいえ、緊張は抑えられない。
今の俺は儚い四歳の子供。一歩間違えれば、簡単に命を落とす。
予測通り、最初の五部屋はすべて回廊部屋で、何事もなく進めた。
奥へ進むにつれ、殺風景だった道の両側に、鬱蒼としたシダ植物や蔦が覆い茂り始める。
五番目の部屋。もうすぐ目的地だ。
だがこの部屋は…… どうやらイベント部屋らしい。
素通りすることもできたが、少し運試しをしてみよう。
揺らめく魔力ランプの光が、部屋中央の石壇を照らし出す。
壇の上には埃をかぶった布袋が静かに置かれ、中身が膨らんで何かが詰まっているのが分かる。
罠や仕掛けは見当たらない。
典型的な『無害イベント』だ。今日は運がいい。
石壇へ歩み寄り、慎重に布袋の口を開く。
中から布で何重にも包まれた、奇妙な紋章が転がり落ちた。
青緑色の紋章本体に、金色の彫刻で不可解な模様が刻まれている。
雲、剣、砂時計。それらが銀の鎖で絡み合っていた。
この紋様には見覚えがない。原作に登場したアイテムではないらしい。
ずっしり重い。もしかして金や宝石でできているのか?
とにかく高値で売れるだろう。とりあえずポケットにしまっておく。
紋章を収め、さらに進み、最後の回廊を抜ける。
ついに宝箱部屋の入り口に辿り着いた。
ああ、ずっと待ち望んでいた宝物たち…… 今、迎えに行くよ。
部屋の中央に光が集まり、巨大な金属製の宝箱が姿を現す。
ただの宝箱というより、棺桶のような雰囲気で、ぞっとする不気味さが漂っている。
まさか俺より大きい宝箱だ。中にはきっと沢山の珍品が眠っているはず。
宝箱の蓋には複雑なルーンが彫られ、太い鉄鎖が幾重にも巻きついて、頑丈に封印されていた。
鼓動が速くなり、手に汗がにじみ、足元まで震える。
それでも、金銭欲に塗れた笑みがこぼれてしまう。
自分の手で本物の宝箱を開けられる……
これは前世で何度も渇望した光景だ。
小さな短剣を鉄鎖の隙間に差し込み、力いっぱいこじ開ける。
『カチャッ!』
澄んだ音と共に鉄鎖はあっさりと断裂。思いのほか脆い。
大きく息を吸い込み、全身の力を込めて宝箱の蓋を押し開く。
さあ、宝物たち。輝く顔を見せてくれ……
古びた薫りと不思議な甘い香りが混ざった空気が一気に広がる。
奇妙なことに、この香りはつい最近嗅いだ覚えがある。
その香りに誘われるように、勢いよく宝箱の縁に飛び乗り、中を覗き込む。
宝箱の中には、思い描いた金銀財宝も珍しい装備品も一切なかった。
一面に咲き誇る、摘みたてのように鮮やかで瑞々しい花々――
そして花畑の上で丸まり、瞳を閉じて眠る三人の『幼い少女』が、身を寄せ合っていた。
これ、完全に棺桶じゃないか。
…… 南無阿弥陀仏。




