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第60話 第二王子と第三王子、決着の時

地下牢からこの執務室に至るまでの道のりは、まさに悪夢のような……いや、ある意味では狂乱の制圧劇だった。


ツルハシを振るい、立ち塞がる重装兵の盾を叩き割り、装甲ごと吹き飛ばす。


その直後、死角から魔術師が詠唱を試みれば、私の背中を預けたギルバート殿下がパチン、と優雅に指を鳴らす。


ただそれだけで、濃密な快楽の魔力が空間を支配し、魔術師たちは白目を剥いて「あぁんっ!」と情けない嬌声を上げながら床に崩れ落ちていくのだ。


剣技と魔術。物理と快楽。


全く相反する暴力が、一糸乱れぬ完璧な連携で第二王子の精鋭たちを蹂躙していく。


私はツルハシを振るいながら、背中から伝わる彼の熱に胸を熱くしていた。


結果として、現在この巨大な邸内のあちこちからは、血生臭い断末魔ではなく、武装した屈強な男たちの甘く蕩けた嬌声が響き渡るという、地獄よりもタチの悪いシュールな惨状が広がっていた。


兵士のおじ様たちが喘ぐ光景なんて、一生分のトラウマになりそうだけど……でも、彼が無事で、こうして一緒に戦えているなら、それでいい!


そして、ようやく行軍の終着点、執務室の前に着いた。


「ヒッ……!」


執務室に残っていたレオンハルト殿下の最後の護衛たちが、恐怖に顔を引き攣らせながらクロスボウを構えた。


でも、私はツルハシの柄が閃刃のように翻り、放たれた矢を空中で正確に弾き落とす。


同時に、背後のギルバート殿下が指を鳴らすと、目に見えない甘い香りの衝撃波が護衛たちを包み込んだ。


「あ、が……はぁっ……」


護衛たちは白目を剥き、だらしなく口元を緩ませながら膝から崩れ落ちる。


後に残されたのは、己の玉座と信じていたデスクの後ろで、ガタガタと震える第二王子レオンハルトただ一人だった。


「お、お前たち……一体、何を……ッ!」


完全に追い詰められたレオンハルト殿下の叫びに、ギルバート殿下はふふっと妖艶な笑みを作った。


彼は私の背中からゆっくりと進み出ると、血の滴るような赤い唇を吊り上げ、アメジストの瞳で哀れな兄を射抜いた。


「随分と脆い城塞でしたね、レオンハルト様。カネでかき集めただけの烏合の衆など、この程度のものですか」


「き、貴様……たかが愛人メイドの分際で、私を愚弄するか!」


「愚弄? 事実を述べたまでです。……武力のみを信奉し、大局を見誤って自滅した第一王子ヴォルフガング様。貴方はあの野蛮な兄を内心で見下していたようですが、蓋を開けてみれば何のことはない。カネという別の暴力に依存していただけで、貴方もまた、ヴォルフガング様と何一つ変わらぬ、空っぽの器だったということですよ」


ギルバート殿下の放った言葉は、レオンハルト殿下の最も高いプライドを根元からへし折る、残酷な猛毒だった。


「だまれ、黙れ黙れェッ!! 没落騎士の娘ごときが、この私をあの脳筋と一緒に――」


「だまれと言われて黙るような、素直なメイドに見えますか?」


ギルバート殿下から放たれる、底知れぬ魔王の威圧感。


レオンハルト殿下は後ずさり、背中が窓ガラスにぶつかった。逃げ場はない。


「……待て、ギルバート! お前の実力は認めてやろう。どうだ、私と手を組まないか?」


「手を組む?」


「そうだ! お前の高いカリスマ性と武力。そして私の持つ圧倒的な資本力と流通網! これらが組み合わされば、陛下を退け、この国を完全に我々二人のものにできる! お前には、莫大な資産と、国営事業の利権を半分くれてやろう。どうだ、悪い話ではないだろう!」


「ふざけないでくださいませ、レオンハルト殿下!」


壁際に避難していたベアトリス様が、毅然とした足取りで前に進み出た。


「殿下、騙されてはいけません! その金は、王国の土地と事業をアシュトン帝国に担保として差し出し、民を奴隷として売り飛ばすことで得た、血塗られた金ですわ! この男は、自分の富のために国を売ろうとしていたのです!」


「ちぃっ……その小娘、余計な真似を……っ」


レオンハルト殿下が舌打ちをする。


私は彼女の勇気ある言葉に静かに頷き、再びレオンハルト殿下を真っ直ぐに見据えた。


……お父様。貴方は言っていましたね。


剣とは、弱きを虐げるためのものではない。愛する者を守り、信じる道を切り開くためのものだと。


私の脳裏に、かつて無実の罪で投獄されながらも、誇りを失わなかった父の背中が蘇る。


そして今、私の背中には、極限の苦痛に耐え抜き、それでも私を信じてくれた世界で一番愛しい男がいる。


目の前には、私を信じて泥まみれの戦いに飛び込んでくれた、誇り高き令嬢がいる。


今朝、私がベアトリス様に宣言した通り。私の忠義と誠意は、彼のためにある。


カネなんていらない。権力なんていらない。


私はただ、私の愛する人たちを守り抜く。


それが私の騎士道だ!


「……断る」


私は、ツルハシの柄を床にドンッと突き立て、嵐のように澄み切った声で宣言した。


「民を売り飛ばし、他国に魂を売って得た金など、一文の価値もない。私は、貴様のような腐りきった男と玉座を分かち合うつもりはない」


「なんだと……!? この莫大な富が理解できないのか、この引きこもりが!」


「理解できないのは貴様の方だ、レオンハルト兄上」


ツルハシを、強く握る。


「私は、カネや権力のために動いているわけではない。……私は、愛する人のために、私を信じてくれる人たちのために動く! 泥に塗れようと、血を流そうと、彼らの笑顔と未来を守るためにこの手を使う。……それが、私の騎士道だ!」


「(……ああ。やっぱり、君は最高だ)」


ふと、私の背後に立つギルバート殿下が、アメジストの瞳を細め、心底満足そうに、そしてどうしようもなく愛おしそうに微笑んだ気配がした。


彼は無意識のうちに一歩前に出ると、私の背中から、その首筋に顔を埋めるようにして、ギュッと強く抱き着いてきたのだ。


「で、殿下……っ!?」


「ふふっ……格好いいよ、僕の王子様。本当に、君には敵わないな」


突然の妖艶なメイドからの不意打ちスキンシップに、キリッとしていた私の顔が、瞬く間に恥ずかしさで真っ赤に染まる。


「ふざけるな……ふざけるなぁぁッ!! 誰か! 誰かおらんか! この無礼者どもを、今すぐ捕らえろ! 殺せ!!」


彼は泡を飛ばして狂ったように叫び続けた。


しかし、彼の声は、静まり返った巨大な邸宅に虚しく木霊するだけだった。


彼のカネで買われた何百という私兵たちは、すでに私のツルハシと、ギルバート殿下の快楽魔術によって、一人残らず、完全に無力化されていたのだから。

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