第58話 覚醒の魔王と雌犬の忠誠
【視点:ヴィクトリア】
冷たい石の感触。
カビと鉄錆のむせ返るような匂い。
私は、首筋に走る鈍い痛みと共に、ゆっくりと重い瞼を開いた。
「……ここは……?」
視界が鮮明になるにつれ、私は自分の置かれたあり得ない状況を理解し、息を呑んだ。
両腕が頭上に吊り上げられ、太く冷たい鎖が手首に深く食い込んでいる。
先ほどまで、あの憎き愛人メイドが吊るされていたのと、全く同じ状況。
そして、私の首には……禍々しい黒光りを放つ金属の輪、あの隷属のチョーカーが、ガッチリと嵌め込まれていたのだ。
「目が覚めたかな? 次期王妃殿下」
低く、甘く、鼓膜を直接撫で回すような声。
私の目の前には、真紅のドレスを纏ったあのメイドが、薄暗い牢獄の松明に照らされながら、この世のものとは思えないほど妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
その後ろには、事の成り行きにオロオロと戸惑う第三王子の姿がある。
「な、どういうこと……ッ! チョーカーが、なぜ私に……!」
鎖をガシャガシャと鳴らし、目を血走らせた。
こんなこと、絶対にあり得ない! 私は次期王妃なのよ!
たかが愛人の分際で、私をこんな目に遭わせてタダで済むと思っているの!?
「私をどうするつもり!? 今すぐこれを外しなさい! 私が誰の婚約者だか分かっているの!? レオンハルト様が、こんな屈辱を絶対に許しはしないわよ!」
公爵令嬢としての矜持を総動員し、強気の姿勢を見せる。
しかし、そんな私のハッタリは、メイドの瞳に宿る魔王のような威圧感によって、息を吹きかけるように容易くかき消された。
「ふふっ。僕は今、すこぶる機嫌がいいんだ。愛する覇王様から、極上の魔力をたっぷりと注いでもらってね」
メイドは、自身の唇を指先でなぞりながら、底なしにドス黒い笑みを深めた。
「だから特別に、レクチャーしてあげよう。お前が僕にやろうとした快楽攻めと魂の隷属とはどういうものか。その身をもって、たっぷりと教育してやる」
「レク、チャー……?」
「で、殿下! いくらなんでも、それはやり過ぎじゃ……っ!」
見かねた第三王子が止めに入ろうと一歩踏み出した。
「ちょっと、そこで見ていてね」
メイドは振り返りもせず囁いた、その瞬間。
「ひゃぅっ!?」
第三王子の全身がビクンと跳ね、膝の力が完全に抜け落ちたのだ。
「あ、ぅぅ……っ」
あの、屈強な者たちを素手で沈めたはずの王子が、顔を真っ赤にしてへたり込み、壁際で甘い息を漏らしながら、指一本動かせない状態になってしまった。
「な、にを……」
完全に血の気が引いた。
あの強い第三王子が、目の前のメイドが指を鳴らすどころか、ただ意志を向けただけで、触れもせずに一瞬で腰を砕かれ、喘いでいる。
ああ……次元が違う。格が違うわ。
私は今、絶対に逆らってはいけない深淵の化け物を怒らせてしまったのだ。
その事実を本能が理解した瞬間。
「ひっ……! い、いや……来ないでッ!!」
恐怖が限界を超え、ドレスの下でジョワッと温かいものを漏らしてしまった。
大理石の床に、みすぼらしい水たまりが広がる。
公爵令嬢としての、女としての尊厳が崩れ落ちていく。
「ああ、もうお漏らしか? 随分と緩いご令嬢だな」
メイドは、クスクスと残酷な笑い声を上げながら、魔力とフェロモンを全開放した。
牢獄の空気が一変する。
呼吸をするだけで肺が甘く痺れ、視界がピンク色に歪むような、高濃度の快楽空間。
私の首に嵌まったチョーカーが黒く明滅し、私の意識を強制的にこじ開けてくる。
「あぁっ……ひ、いやぁっ……!」
メイドは一歩も動かない。指一本触れない。
ただ、彼女の魔力によるフェザータッチが、私の全身の神経を直接、優しく、そして執拗に撫で上げていく。
耳元で囁かれる言葉のすべてが、脳髄をドロドロに溶かす劇薬となって私を犯していく。
「あんな安物の媚薬で、僕を辱めようとした罪は重いよ? 本当の快楽っていうのはね、薬なんか使わなくても、魂の構造そのものを書き換えてしまうものなんだ」
「や、やめ……っ、レオンハルト、さまぁ……っ!!」
鎖に吊るされながら、必死に婚約者の名前を叫んだ。
私は次期王妃! こんな化け物の、こんな屈辱的な魔術になんか、絶対に屈しないわ!
忠誠心と公爵令嬢のプライド。
それが私の最後の盾だった。
しかし、目の前の化け物の緻密で圧倒的な快楽魔術の前に、そんな薄っぺらい理性はボロボロに崩れ去っていく。
「あはは、レオンハルト? あんなカネしか取り柄のない豚のことを考えながら、僕の魔術でイカされる気分はどうだい? ……ほら、もっと声を出せ。お前の汚い叫びで、この牢獄を満たしてみろ」
「あぁぁああぁぁッ!! おかしく、おかしくなるぅぅぅッ!!」
私の体は弓なりに反り、ドレスは汗と愛液でグズグズに濡れそぼっていく。
頭の中が真っ白になる。
プライドも、レオンハルト様も、すべてが圧倒的な快楽の波に流されていく。
絶頂に達しようとする、まさに直前。
メイドはスッと魔力を引き戻し、私を焦燥の奈落へと突き落とした。
「あ、げっ……!? ど、どうして……っ!」
「誰がイッていいと言った? 僕が許可するまで、お前はずっとその焦燥地獄で喘ぎ続けるんだよ。……いつまでそのお堅い理性が持つかな?」
何度も、何度も。
極限まで高められては寸止めされ、狂おしいほどの焦燥感で脳髄を焼かれる。
「あ、アァッ!? だめ、いかせて……っ、おねがいっ……!」
「ダメだ」
「ひぃぃっ……! あぁぁっ……!」
もう無理、もう無理よ!
こんなの、頭がおかしくなってしまう!
よだれが口の端から垂れ流しになっていた。
「もう……いや、もう……なんでも、なんでもします……っ! だから、許して……!」
「許して? 誰に口を利いているんだ。お前が誰の雌犬か、その口で言ってみろ」
「あぁぁっ……私は……っ!」
瞳から、最後の矜持がポロポロと崩れ落ちた。
レオンハルト様? そんな男、もうどうでもいい。
次期王妃の座? そんなものに何の価値があるというの。
ただ、目の前の美しく恐ろしい魔王から与えられるご褒美だけが、今の私にとっての世界のすべて。
「わ、私は……メイド様の……忠実な雌犬ですぅ……っ! どうか、どうかお恵みください、ご主人様ぁぁっ!!」
「よくできました。雌犬」
メイドが、私の乱れた髪を優しく撫でた。
その温もりに、身震いするほどの悦びを感じたのが、最後の引き金だった。
寸止めされていた魔力のダムが一気に決壊し、極大の快楽がチョーカーを通じて私の魂の最深部に直接叩き込まれる。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
バシャンッ! と激しい水音が地下牢に響き渡る。
限界を超えて痙攣し、白目を剥いて狂ったように絶叫した。
女としての尊厳も、公爵令嬢の誇りも、かつての婚約者への愛も。
すべてが快楽の濁流に飲み込まれ、完全にこの魔王の所有物へと書き換えられた瞬間だった。
ガクン、と。
鎖に繋がれたまま、私は糸の切れた人形のように項垂れた。
ああ……なんて幸せなの。
ご主人様の魔術で、私は生まれ変わったのね……。
完全な服従の悦びと、脳を焼かれるような絶頂の余韻の中で、私の意識は、最高に幸せで甘美な、深い深い闇の中へと途切れていった。




