第57話 目覚めの魔王と隷属の反逆
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
重なり合う唇を通じて、私の魂の底に眠っていた膨大な魔力が、決壊したダムのようにギルバート殿下の枯渇した回路へと一気に流れ込んでいくのを感じた。
バチィィッ!!
薄暗い地下牢を、極彩色の光が眩く照らし出す。
第二王子の魔力封じの手枷によって強制的に切断されていた異常進化したパスが、かつてないほどの太さと強靭さを持って、私たちの魂を再び一つに結びつけた。
ああ……っ。繋がった。殿下の温もりが、私の中に流れ込んでくる……!
「……んっ」
殿下の喉の奥から、甘い吐息が漏れた。
そっと唇を離すと、虚ろだった瞳に、深い知性の光と……あの絶対的で、どこか意地悪な妖艶な光が、完全に蘇っていた。
彼は、自分の首に回された私の腕を優しく包み込み、愛おしそうに私の頭を撫でた。
「……随分と熱烈な口づけだな。僕の覇王様」
掠れた、しかし確かに余裕を取り戻した、いつもの軽口。
その声を聞いた瞬間。
私の中で限界まで張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れた。
「で、殿下ぁ……っ!!」
彼の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
生きていてくれた。心が壊れていなかった。
本当によかった……!
「よしよし、よく頑張ったな」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きつく私を、殿下微笑みながら背中をポンポンと叩いて優しく受け止めてくれた。
やがて。
私の魔力によって完全に本来の力を取り戻したギルバート殿下は、自身の両腕に嵌められたままだった対魔術師用の拘束の手枷に視線を落とした。
「さて、と。こんな無粋な鉄屑は、もう必要ないな」
殿下が軽く魔力を練り上げると。
パキッ、という音と共に、頑強なはずの手枷があっさりと砕け散った。
「えっ……」
私が泣き止み、呆然とそれを見つめる。
さらに殿下は、自らの首に嵌められていた禍々しい隷属のチョーカーへと、慣れた手つきで指をかけた。
カチャリ、と。
留め金を外し、何事もなかったかのように無造作にチョーカーを首から取り外す。
「で、殿下!? だ、駄目ですよ! そんな呪いの道具、素手で触ったらまた洗脳されて……っ」
慌てて止めようとする私を見て、殿下はクスクスと肩を揺らして笑った。
「呪い? ああ、これのことか。こんな三流のアーティファクトで、異常耐性を持つ僕の精神が書き換えられるわけがないだろう」
「えっ? で、でも、さっき殿下は『ヴィクトリア様の忠実な雌犬ですぅ……』って、あんなに虚ろな顔で……」
そこまで言って、私はハッとした。
殿下の顔に浮かぶ、悪びれないニヤニヤとしたドSな笑み。
「あれは、君にヴィクトリアを攻撃する隙を作らせるための、ただの小芝居さ。……いやぁ、我ながら迫真の演技だっただろう? 君がどんな顔をするか、ちょっと見てみたかったんだよね」
「…………こ、小芝居……?」
特大の安堵から一転、怒りと恥ずかしさに変わる。
「あ、あの『忠実な雌犬ですぅ』とかいう、聞いてるこっちが羞恥心で死にそうになるあざといセリフも! あんな蕩けた顔も! 全部、私の体を使って演技してたんですか!?」
「もちろん。ヴィクトリアがああいう安っぽい三文芝居が好きそうだったからね。ちょっとサービスしてあげたんだ」
「ふ、ふざけないでくださいッ!!」
私は、ポカポカと殿下の胸を叩いた。
今朝からずっと張り詰めていて、こんなに必死になって助けに来たのに!
あんな絶体絶命のピンチで、私をからかう余裕があったなんて!
「私がどれだけ、どれだけ心配したと思ってるんですかっ! 貴方の気高き心が奪われたんじゃないかって、心臓が止まるかと思ったんですよ!!」
「痛い痛い、ごめんってば」
殿下は苦笑いしながら、私の手を受け止める。
涙目で抗議する私を宥める彼の手の温もりが、たまらなく嬉しくて、私はまた少し泣きそうになった。
だが、そのやり取りの最中。
殿下のアメジストの瞳が、床で白目を剥いて気絶しているヴィクトリア様を見下ろした途端。
底なしにドス黒い、正真正銘の魔王の笑みへと変わった。
「……そう。僕にはこんな呪いは効かない。だが、こいつには違う」
殿下は、手元にある隷属のチョーカーを指先で弄んだ。
「この女は、僕に媚薬を打ち込み、僕からすべてを奪い、雌犬のように這いつくばらせようとした。……自分が仕掛けたゲームの代償がどれほど重いか、その身をもって教育してやらなければならないね」
殿下は、ゆっくりと床のヴィクトリア様へと歩み寄った。
そして、気絶している彼女の首元へ、自分が外したばかりの隷属のチョーカーを、カチンッ、と冷酷な音を立てて嵌め込んだのだ。
「で、殿下……? 何を……」
「お仕置きの時間だよ、リリア」
振り返った殿下の顔は、私が背筋をゾクッとさせるほど、圧倒的で魅惑的な支配者の顔だった。
「この女が僕にやろうとした『真の快楽』と『魂の隷属』とはどういうものか。僕の極上の魔術で、たっぷりと味わわせてあげる」
地下牢の松明の炎が、不気味に揺らめく。
…ああ、やっぱりこの人は、最高に恐ろしくて、最高に格好良い私の王子様だ。




