第51話 ヴィクトリアの拷問。媚薬と屈せぬ矜持
【視点:ヴィクトリア】
大広間の重厚な扉を抜けた瞬間。私の顔から完璧な次期王妃としての甘い笑みが、冷たい泥のように滑り落ちた。
……さあ、仕上げの時間ですわ。あの忌々しい女の底の知れない顔を、恐怖と屈辱でドロドロに歪ませてやります。
カツン、カツン。
私の硬質なヒールの音が、第二王子邸の奥深く、光の届かない地下階段へと響いていく。
カビと鉄錆の匂いが立ち込める地下牢。
その最奥の石室では、壁に打ち付けられた太い鎖と対魔術師用の拘束の魔導具によって、真紅のドレスを纏ったあの生意気なメイドが、両腕を吊り上げられる形で無様に拘束されていた。
「……随分と、粗末で趣味の悪い鳥籠ですわね。ヴィクトリア様」
なっ……!
私は、信じられないものを見る目でその女を睨みつけた。
この期に及んで、あの女はゆったりと目を伏せたまま、妖艶で傲慢な笑みを一切崩していなかったのだ。
「強がりはそこまでになさい、ヴァレリウスの娘」
胸の奥底から湧き上がる正体不明の苛立ちを隠すように、氷のような視線でメイドを見下ろした。
私の後ろには、顔を布で隠した二人の拷問人が、異様な赤紫色の液体が入った注射器と、黒い皮張りの箱を抱えて控えている。
「ここには、貴女のその生意気な口から、第三王子陣営の隠し資金のルートや、魔術の仕掛けを吐かせるための極上の道具を用意してありますのよ。……素直にすべてを吐けば、少しは楽に殺して差し上げますわ」
「ふふっ……隠し資金? そんなもの、とうの昔に底を突いていますよ。それに、私を殺せば、第三王子が黙っていない。……あの気高き覇王が、必ず貴女たちの喉笛を食い破りに来る」
「お黙りなさい!!」
なぜ、どうしてそんな瞳で私を見るの!?
貴女はただの没落騎士の娘で、私は次期王妃なのよ!
「その余裕ぶった顔がいつまで続くか、見物ですわね! やれッ!」
私の苛烈な命令と共に、拷問人が無言で歩み出た。
そして、鎖に繋がれて抵抗できないメイドの白く細い首筋に、注射器の太い針を容赦なく突き立てた。
「ぐっ……ぅ……!」
女の体が、ビクンと大きく跳ねた。
体内に流し込まれたのは、大陸外の裏社会から莫大な金で取り寄せた違法な媚薬。
単なる催淫剤ではない。
魔力を封じられた無防備な肉体の神経系に直接作用し、脳髄を焼き焦がすような狂暴な快楽と、骨を砕かれるような激痛を同時に強制する、理性を完全に破壊するための悪魔の劇薬だ。
「ぁ……あ、ぁぁぁ……ッ!!」
数秒後。
メイドの口から、これまで決して見せることのなかった苦悶の喘ぎが漏れ出た。
「あははははっ! どう!? それが、第三王子をたぶらかした毒婦に相応しい末路よ!」
鎖に繋がれたまま、快楽と激痛の濁流に翻弄され、身悶えする姿を見て、私は胸のすくような嗜虐的な高笑いを上げた。
そうよ! そうやって無様に泣き叫びなさい! 私の前で這いつくばりなさい!
「さあ、吐きなさい! 貴女の知る情報のすべてを! 泣いて命乞いをして、雌犬のように私の足の甲にキスをするなら、解毒剤を打ってあげなくもないわよ!」
――勝利を確信した、その時だった。
「……っ、ふ、あ……ははっ……」
荒い息を吐きながら。鎖に吊るされたメイドが、ゆっくりと顔を上げたのだ。
乱れた銀髪の奥から覗く、アメジストの瞳。
…………え?
そこには、理性が溶け落ちた獣の怯えなど、微塵もなかった。
魔薬の熱に浮かされ、肌には汗が張り付き、顔は朱に染まっている。
それでもなお、その瞳に宿る、この私を心底見下すような冷たく知的な光は、一切失われていなかったのだ。
「……こんな、三流の娼館で使うような安物の薬で……。僕が、覇王を裏切るとでも、思ったか……?」
「なっ……!?」
「痛みも、快楽も……すべてはただの物理的な電気信号に過ぎない。精神を……僕の魂を屈服させるには、到底足りないな。……やはり貴女は、王政の神髄も、人間の魂の重さも理解していない、ただの小間使いの娘だ」
「き、貴様ぁぁっ……!!」
小間使いの娘!?
名門クロムウェル公爵家の令嬢であり、次期王妃となるこの私に向かって、たかが愛人の分際で!
……負けている。
私の方が、完全に負けている!
私は圧倒的な優位に立っているはずなのに。相手は丸腰で、拷問の薬まで打たれて拘束されているというのに。
女として、人間としての格で完全に圧倒されている!
このままでは、拷問をしているはずの私の方が、逆に精神を殺されてしまう!
ブツン、と。
私の中で、完璧に保たれていた理性の糸が限界を超えて焼き切れた。
「……いいでしょう。そこまで言うのなら、貴女のその忌々しい誇りを、文字通り物理的にへし折って差し上げますわ!!」
私は、拷問人が抱えていた黒い皮張りの箱を自ら乱暴に奪い取り、開け放った。
中に入っていたのは、禍々しい黒光りを放つ金属製の首輪――違法な闇オークションで落札した最終兵器、隷属のチョーカーだった。
「これをつければ、自我も記憶も誇りもすべて強制的に破壊され、私の命令にだけ従うヨダレを垂らした肉人形に成り下がる。……第三王子の前で、その醜い姿を晒して踊らせてあげるわ!」
私は、自らの手でそのチョーカーを掴み、狂気じみた笑みを浮かべてメイドへと歩み寄った。
ええ、これで終わりよ。貴女のその高貴な目つきも、忌々しい余裕も、すべて私がこの手で物理的に握り潰してあげる!




