第50.5話 ベアトリスの揺れる瞳
【視点:ベアトリス】
ヴィクトリア様が離籍し、レオンハルト殿下が勝利の美酒に酔いしれ、優雅な管弦楽の調べが響き渡る中。
招かれた客人である私は、目の前の最高級の料理に一切手をつけることができず、ただひたすらに俯いていた。
「どうした、ベアトリス嬢? 食事がお気に召さないか?」
「え……? い、いえ、レオンハルト殿下。ただ、少し胸が一杯でして……」
声をかけられ、私はビクッと肩を震わせて愛想笑いで取り繕った。
今後の王政の話し合いという名目で半ば強制的に座らされた私の心の中では今、激しい後悔と、パニック一歩手前の大混乱が吹き荒れていたのである。
テーブルの下で、私は自分のドレスの裾を、指が白くなるほど強く握りしめていた。
『……どうか、第三王子を。僕の覇王を、頼みます』
脳裏に焼き付いて離れないのは、中庭で拘束される間際、あのメイドが見せた、あまりにも純粋で高貴な微笑み。
……最低だわ、私は。
ヴィクトリア様の「メイドに洗脳されている」という言葉に踊らされ、嫉妬に目が眩み、殿下が命懸けで守ろうとしていた大切な人を、凄惨な拷問が待つ地下牢へと送り込んでしまったのだ。
胸が、ギリギリと締め付けられるように痛い。自分の愚かさが憎い。
「……ベアトリス嬢。貴女の公爵家も、これからは我が陣営につきなさい。第三王子などという沈みゆく泥船は捨てて、共に新しい王都の支配者となろうではないか」
不意に、レオンハルト殿下が酔った顔で下劣な笑みを浮かべ、私に杯を向けてきた。
――ピキッ、と。
その瞬間。私の中で、何かが音を立てて弾け飛んだ。
目の前に座る、他人の痛みを嘲笑い、カネと権力で人を蹂躙することしか知らない男女。
彼らの支配する王都に、あの泥に塗れて戦う殿下や、愛する者のために微笑んで拘束具を受けた気高きメイドが目指した、新しい時代の熱狂など微塵も存在しない。
……悩んでいる場合ではありませんわ!
私は、ゆっくりと顔を上げた。
ギルバート殿下。
……私が犯した罪は、私の手で必ず雪いでみせますわ。
ええ、この公爵家の権力と私の命に代えても、必ず!




