第50話 レオンハルトの晩餐会とヴィクトリアの決意
【視点:ヴィクトリア】
煌びやかなクリスタル・シャンデリアの光が、赤ワインの注がれたグラスを妖しく照らし出している。
王都の中心に聳える第二王子邸。
その最も豪奢な大広間では、豪勢な管弦楽の生演奏が響き渡る中、完全なる勝利を祝う晩餐会が開かれていた。
「乾杯しよう。我々の輝かしい未来と、愚かなる第三王子陣営の完全なる崩壊に!」
上座でグラスを高らかに掲げたのは、王都の経済を牛耳る男、私の婚約者である第二王子レオンハルト様だった。
彼の顔には、この数日間の盤上を完全に制圧したという、傲慢なまでの優越感が張り付いている。
物流を寸断し、圧倒的な資本力で市場を制圧し、そして今日、相手の最大の知恵袋であり心臓であった『あの憎きメイド』の身柄をついに地下牢へと幽閉した。
レオンハルト様にとって、この戦いはもはや完全に終わったものなのだ。
「……お見事な手腕でしたわ、レオンハルト様。これで王都の明日は、貴方様のもの」
私は、夜の闇を思わせる漆黒のドレスを翻し、艶然と微笑みながらレオンハルト様とグラスを合わせた。
……ああ、レオンハルト様。貴方は本当に、目に見える数字や結果しか信じないお方ですわね。
グラスに口をつける私の胸の奥底には、どうしても拭い去ることのできない、コールタールのような重く冷たい不安がこびりついていた。
……いとも容易く捕らえすぎましたわ。
あの女が、あんなにあっさりと縛に就くなど、絶対にあり得ません!
私は、テーブルの下で扇子を握る手にギリッと力を込めた。
今日の昼下がり。
王宮の中庭で、私が差し向けた対魔術師用の装備を固めた十二人の精鋭部隊。
完全に包囲された絶望的状況下にあっても、あの真紅のドレスのメイドは、一歩も引かなかった。
命乞いをするでもなく、怯えるでもなく。
ただ静かに、優雅に紅茶を飲み干してから、自ら手枷を受けたのだ。
『君が、あんな豚どもの刃に触れる必要はない。……僕のことは構うな』
あの時、あの女がベアトリス様に向けた微笑みと、アメジストの瞳。
思い出すだけで、私の背筋に悪寒が走る。
たかが没落騎士の娘。
たかが第三王子の愛人。
たかが、規格外の胸で男の理性を狂わせるだけの、はしたない毒婦。
それなのに、なぜ。
まるで彼女自身が真の王であるかのような圧倒的な覇気を放ち、この私を哀れむように見下ろしていたのか。
縛り上げられ、魔力を封じられ、地に膝をつきかけてなお、あの女の放つ高貴さは微塵も揺らがなかった。
……あの不気味な余裕。あれは決して虚勢などではありませんでしたわ。
そうだ。あの女は、あの絶体絶命の包囲網の中で、自らの意志で捕まることを選択したのだ。
誰かが必ず、自分を迎えに来てこの盤面をひっくり返してくれると、狂信的なまでに信じ切って。
……ええ、そうよ。だからこそ、あの忌々しい女は今日この夜のうちに、完全に壊してしまわなければならないのですわ!
私の女の勘が、最大級の警鐘を鳴らし続けている。
あのメイドを少しでも生かしておけば、あの誇り高き瞳の光を残しておけば、必ず私たちの喉笛を食い破りに来ると。
私は、すでにこの屋敷の深い地下牢へと視線を向けるように、瞳を細めた。
「レオンハルト様。わたくし、少しお色直しをしてまいりますわ」
「ああ、早く戻ってこい。今夜は長く、甘い夜になるぞ」
何も知らない無邪気な婚約者に優雅なカーテシーを返し、私は大広間を後にした。
足早に自室へ戻り、ドレッサーの深い引き出しから極上の道具を取り出す。
一つは、大陸外の裏社会から莫大な金で取り寄せた、違法な精神感応型の媚薬。
どれほど強靭な精神力を持っていようと、魔力を封じられた状態でこれを打ち込まれれば、理性はドロドロのピンク色に溶け落ち、自ら快楽を乞う発情した獣へと堕ちる。
物理的な拷問など、あの女には意味がない。
必要なのは、徹底的な精神破壊だ。
そしてもう一つは、先日の裏オークションで入手した呪具、隷属のチョーカー。
対象の魔力と理性を強制的に封じ込め、装着者の声にのみ従う肉人形へと作り変える最悪のアイテム。
あの女の憎たらしいほど気高い矜持を、これでずたずたに引き裂いてやりますわ。
あの忌々しいアメジストの瞳を、涙と快楽で濁らせてやる。
第三王子への忠誠も愛もすべて溶かし、私の足元で這いつくばる、ただの汚らわしい娼婦に貶めてみせる。
「女として、そして次期王妃として。私が貴女に完全に勝利したと……その豊満な体に、深く、深く刻み込んで差し上げますわ!」
私の瞳に、暗く嗜虐的な炎が宿る。
薬とチョーカーを隠し持ち、私は護衛を連れて、冷酷な足取りで地下牢へと向かった。




