第48話 王族の威厳と檻への投降
【視点:ギルバート】
白昼の王宮。
優雅な白薔薇が咲き乱れる中庭の東屋は、第二王子レオンハルトの息の掛かった精鋭の部隊によって、蟻の這い出る隙間もないほど完全に包囲されていた。
陽光を反射する鈍い刃の輝き。音もなく間合いを詰める兵士たちの冷たい殺気。
「な、なんてことを……! ヴィクトリア様、ここは王宮の中枢ですわ! このような白昼堂々、私兵を動かして人を攫うなど、陛下が許されるはずがありません!」
第三王子の本来の婚約者であるベアトリス嬢が、顔面を蒼白にしながら立ち上がり、声を張り上げた。
彼女は名門の誇りにかけ、この非道な行いを止めようとヴィクトリアに歩み寄ろうとする。
「おやめなさい、ベアトリス様。貴女まで怪我をしてしまいますわよ」
ヴィクトリアは扇子でベアトリスを制し、酷薄で冷え切った笑みを浮かべた。
「国王陛下は現在、南方への行幸中。この王宮の警備網は、すでにレオンハルト様が完全に掌握しておいでです。それに、これは攫うのではありません。『第三王子殿下をたぶらかし、魔術で操った大罪人』を、法の裁きを下すために拘束するのです。貴女も、邪魔をすれば同罪とみなされますわよ?」
ヴィクトリアの脅迫めいた言葉に、ベアトリスは悔しげに唇を噛み締めた。
その包囲の輪の中心に座る、真紅のドレスを纏った僕は、静かに紅茶を飲んでいた。
……全員が気配を殺した一級の暗殺者。
しかも、魔力持ちを無力化することに特化した対魔術師用の装備か。
僕はティーカップの縁を指でなぞりながら、残された微弱な魔力を魔力探知へ回し、敵の配置と力量を冷静に分析していた。
本来の僕の力なら、これくらいの数、指先一つで灰燼に帰すことができる。
だが……今はダメだ。魔力が完全に底を突いている。
ここで無理に魔力を引き出そうとすれば、最悪の場合……僕が入っているこのリリアの肉体が、負荷に耐えきれずに物理的に完全に壊れてしまう。
僕の魂が消滅するのは一向に構わない。
だが、あの愛おしいの少女の身体に傷をつけることだけは、絶対に許されない。
ましてや、今朝パス越しに伝わってきた通り、彼女は今、不器用ながらも泥に塗れ、ツルハシを振るって僕のために戦ってくれているのだ。
僕は、己の選択を即座に決定した。
「……随分と、大層なお出迎えですわね、ヴィクトリア様。私のようなただのメイド一人を捕らえるために、レオンハルトの豚……いえ、第二王子殿下の大事な手駒をこんなに持ち出すとは」
僕は、ゆっくりと席を立ち上がった。
極度の貧血による眩暈が襲い、膝が崩れそうになる。
しかし、僕は強靭な気力だけで背筋をピンと伸ばし、ヴィクトリアを真っ向から見据えた。
「負け犬の遠吠えは聞き苦しいですわよ、ヴァレリウスの娘。貴女のその生意気な口が利けるのも、今のうちだけです」
ヴィクトリアが冷酷に片手を挙げる。
それを合図に、兵士たちが一斉に僕へと迫った。二人の大男が僕の両腕を乱暴に掴み上げ、後ろ手に捻り上げる。
――ガシャンッ!
重々しい金属音と共に、対魔術師用の拘束の魔導具が、手首に無情にも食い込んだ。
「ぐっ……ぅ……!」
手枷がはめられた瞬間、魔力回路を強制的に遮断され、焼かれるような激痛が全身を駆け巡った。
ヴィクトリアは、勝ち誇ったように踵を返し、兵士たちに「連行しなさい」と顎でしゃくった。
「ま、待ってください! そんな手荒な真似を……っ」
ベアトリスが、涙声で兵士たちにすがりつこうとした。
「――お下がりなさい、ベアトリス嬢」
兵士たちに両腕を拘束され、膝をつきかけながらも、僕は顔を上げ、ベアトリスへと向かって、ただ一度だけ、真っ直ぐに微笑みかけた。
「君が、あんな豚どもの刃に触れる必要はない。……僕のことは構うな」
僕がここで取り乱せば、リリアが築き上げた僕たちの王道が汚れる。
「……どうか、第三王子を。僕の愛する覇王を、頼みます」
僕は、ベアトリスにだけ聞こえるよう、唇の動きでそう告げた。
その瞬間。彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。
ベアトリスはもう何も言わず、ただ深く、深く頭を下げて、託されたその想いを受け取ってくれた。
ありがとう、ベアトリス。君も立派な僕らの共犯者だ。
「何をもたもたしているのです! 早くその女を地下牢へ連行しなさい!」
ヴィクトリアの苛立った声が響く。
兵士たちに引き立てられ、僕は一切の抵抗をせず、薄暗い地下牢へと続く通路へ姿を消していった。
真紅のドレスが、闇の中へと吸い込まれていく。
……待っているよ、リリア。
冷たい石造りの地下への階段を降りながら、僕は心の中で最愛の人に語りかけた。
僕の魂に代えても、君の体は守った。
盤面は最悪に見えるかもしれないが、僕は知っている。
君が必ず、誰も予想できない行動で、この窮地をぶち破ってくれることを。
だから僕は、誇り高く泥を被ろう。
君が迎えに来てくれる、その時まで。




