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第47話 女たちのお茶会

【視点:ベアトリス】

……どうして、こんなことになってしまったのかしら!


陽光が降り注ぐ王宮の東中庭。


咲き誇る白薔薇のアーチの下に設えられた白亜のガーデンテーブルには、特注のダージリンティーの甘い香気が漂っている。


だが、その優雅な光景とは裏腹に、ここには王都の最高権力闘争を凝縮したかのような、異様で息の詰まる空間が広がっていた。


私、ベアトリス・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢は、膝の上でドレスの布地をギュッと握りしめ、内心で滝のような冷や汗を流していた。


つい数時間前。


私は王宮の裏門で、愛する第三王子殿下を魔導自動車に乗せ、決意と希望に満ちた男前な顔で見送ったばかりだった。


あの時の力強いハグと、耳元で囁かれた誠実なイケメンボイス……!


思い出すだけで今も心臓が甘く締め付けられますわ!


彼を助けるため、公爵家に戻って反撃の準備をさらに進めようと急いでいた矢先。


回廊の影から現れた第二王子の婚約者・ヴィクトリア様に、見事に捕まってしまったのだ。


『ベアトリス様。例の「毒婦」から殿下を救い出す準備は整いまして? ちょうど良い機会です。彼女を中庭のお茶会に招き、貴女の口から直接、身の程をわきまえるよう引導を渡して差し上げましょう』


今朝の出来事――私がすでに第三王子陣営の最大パトロンに寝返っていること――を言えるはずもない私は、適当に話を合わせて逃げようとした。


でも、退路を塞がれるようにして、気づけばこの地獄のお茶会の席へと座らされていたのである。


「……それにしても。王宮の薔薇は美しいですけれど、やはりどこか人工的で退屈ですわね。まるで、身分不相応な夢を見ているだけの、哀れな小鳥たちのようですわ」


沈黙を破ったのは、ヴィクトリア様だった。


彼女は、漆黒のレースの手袋で包まれた指先でティーカップの縁をなぞりながら、真正面に座る真紅のドレスのメイド――ギルバート殿下の愛人と世間では思われている娘へ向けて、氷のような視線を射抜いた。


「どう思われます? ヴァレリウスの娘。貴女も、いつまでも王子殿下の庇護という偽りの薔薇園に隠れていられるとは思わないことですわ」


「偽りの、薔薇園ですか」


メイドは、ふふっ、と妖艶な笑みをこぼした。


……相変わらず不気味。


「クロムウェル公爵家の令嬢ともあろう方が、随分と詩的な表現をなさるのですね。……ですが、私にはそのように見えませんわ。この薔薇たちは、泥の中から己の力で養分を吸い上げ、厳しい冬を越えて咲き誇っている。温室で無菌状態に育てられた、見せかけだけの徒花(あだばな)とは違うのです」


「……口の減らないメイドですわね。ですが、現実を見なさい。貴女たちの商会は、我がレオンハルト様の流通網によって完全に干上がっている。大衆を魔術で騙すのも限界でしょう? これ以上、無能な第三王子殿下にすがりつき、彼を孤立させるのはやめになさい」


ヴィクトリア様は、扇子をパチンと閉じ、隣で固まっている私へと言葉を向けた。


「そうですよね、ベアトリス様? 殿下の正当な婚約者である貴女からも、この身の程知らずの毒婦に、しっかりと言ってやってくださいな。殿下を真の破滅から救うために」


「えっ、あ、わ、私は……」


突然話を振られた私は、言葉に詰まった。


メイドを糾弾する言葉など、今の私の口から出るはずがない。


だって私、今朝殿下に小切手を渡して仲間になったばかりなのだから!


でも、ヴィクトリア様の前で不自然な態度をとれば、私たちの反撃計画が悟られかねない。


……どうすればいいの。適当に怒ったふりをして、お茶を濁すしか……。


震える唇を開きかけた、その時だった。


「――おや。ベアトリス様に、そのような野暮な真似をさせるおつもりですか? ヴィクトリア様」


ゆっくりと、メイドがティーカップをソーサーに置いた。


カチャリ、という硬質な音が、不思議なほど重く、中庭の空気をビリッと震わせる。


「……何が言いたいの」


「ベアトリス様は、誇り高きローゼンブルク公爵家の令嬢。その彼女が、私のような一介のメイドを相手に、わざわざ声を荒らげて嫉妬を剥き出しにするなど……彼女の高貴な品位を落とす行為に他なりません。それをご理解できずに彼女を巻き込むとは。第二王子派の次期王妃を自称する方にしては、随分と底の浅い手を使われるのですね」


アメジストの瞳を細め、メイドはヴィクトリア様を底冷えするような視線で見下ろした。


ひっ……! あ、あのメイド、今完全にヴィクトリア様を虫けらを見るような目で見下しましたわよ!?


「なっ……! たかがメイドの分際で、私に説教をするつもり!?」


「事実を申し上げたまでです。……そもそも、貴女は私を『殿下を孤立させる毒婦』と呼びましたね。ですが、経済で盤面を支配しようとしながら、結局はこのような場所で、女同士の陰湿な牽制に逃げ込んでいるのは、貴女の方ではありませんか?」


ふっと妖艶に微笑み、メイドは姿勢を正した。


そして、その信じられないほど豊かな胸が、挑発するようにブルンと揺れる。


「力でねじ伏せられないから、言葉で脅す。資本で勝てない恐怖を、メイドへの八つ当たりで紛らわせる。……滑稽ですわね、ヴィクトリア様。貴女が本当に恐れているのは、私という存在そのものではなく。私と殿下が切り開こうとしている新しい時代の波に、自分たちの古い価値観が呑み込まれることなのでしょう?」


完全に、空気が支配されていた。


ただの一介のメイドが、王都随一の頭脳を持つ公爵令嬢を、言葉と圧倒的な存在感だけで完全に手玉に取り、追い詰めているのだ。


……おかしい。


何かが、絶対におかしいわ。


私は、息を呑んでメイドの横顔を凝視した。


ティーカップの持ち方。背筋の伸び方。言葉を紡ぐ時の、顎の微かな角度。


それらはすべて、王宮の作法を付け焼き刃で学んだ程度のメイドが出せるものではない。


長い年月をかけて骨の髄まで染み込んだ、帝王学を学んだ者だけが持つ、洗練された本物の高貴さ。


さらに、彼女がヴィクトリア様をあしらう時の、あの冷酷で、どこか楽しげで、相手を完全に支配するようなアメジストの瞳の輝き。


この絶対的な格の違い……この人は、ただの愛人なんかじゃない。


まるで……生まれながらの王族そのもの……!


雷に打たれたような衝撃が、私の脳天を貫いた。


まさか……そんな……!?


あの……人を小馬鹿にしたような、妖艶でドSな笑い方。


私がずっと遠くから見てきた、あの引きこもりだった頃のギルバート殿下の笑い方と、そっくりそのままじゃないの……!


私が頭の中で一人パニックを起こしていると。


「……ふふっ。どうなさいました、お二人とも。随分と静かになられて」


メイドは、青ざめた顔で沈黙するヴィクトリア様と、顔を真っ赤にしている私を交互に見やり、極上の悪役のような笑みを深めた。


「まだお茶は残っておりますよ? それとも……私という毒婦の相手をするのは、少々荷が重すぎましたかしら」


「……もう良いわ。貴女の狂った妄言には、これ以上付き合いきれません」


論戦で完全に追い詰められ、怒りで顔を真っ赤にしたヴィクトリア様が、扇子をテーブルに叩きつけた。


「貴女がどれほど口が回ろうと、現実は変わりません。……貴女のその生意気な口が二度と利けなくなれば、第三王子殿下も目を覚ますでしょう」


ヴィクトリア様が冷酷に指を鳴らす。


瞬間、薔薇の生垣の陰から、武装した兵士たちが、音もなく姿を現し、東屋を完全に包囲した。


「なっ……ヴィクトリア様!? 王宮の中庭で、武力を行使するなど……!」


「問題ありません、ベアトリス様。これは王都の秩序を守るための『害虫駆除』ですわ」


ヴィクトリア様は、勝利を確信した女狐の笑みを浮かべ、真紅のドレスのメイドを見下ろした。


しかし。


刃に囲まれて絶体絶命の窮地に陥ってもなお、メイドの妖艶な笑みは、微塵も崩れることはなかった。

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