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第44話 勝利の美酒と冷徹なる女狐の暗躍

【視点:ヴィクトリア】


朝陽が差し込む、王都中心部に聳える第二王子レオンハルトの私邸。


豪奢な調度品で飾られた広大なダイニングルームでは、弦楽四重奏の優雅な生演奏が響く中、私の愛しき婚約者・レオンハルト様が朝食の席についていた。


テーブルに並ぶのは、他国から取り寄せた希少な果実、極上の肉厚なハム、そして朝から惜しげもなく抜栓された最高級のヴィンテージ・ワインだ。


「……素晴らしい。実に素晴らしい朝だ」


レオンハルト様は、深紅のワインが注がれたグラスを揺らしながら、目の前に立つ側近から上がった報告書を満足げに眺めていた。


「黎明商会への物流は、完全に遮断されました。現在、彼らの倉庫は文字通り空っぽです。市場に放出した我が商会の普及版も爆発的に売れており、第三王子陣営への投資家たちも次々と資金の引き揚げを要求し始めています。彼らの商会が破産するのは、もはや時間の問題かと」


「ふはははっ! 当然の結果だ。あの引きこもりめ、いくら小手先の見世物で大衆を騙そうと、現実の資本と流通網の前には無力だということがよく分かっただろう」


レオンハルト様は、分厚い肉をナイフで切り裂きながら、勝利の味を噛み締めるように豪快に笑った。


「兄ヴォルフガングは武力で国を統べようとし、自滅した。だが私は違う。経済という、血の流れない、しかし誰も抗うことのできない首輪で、この国のすべての民と貴族を完全に支配するのだ。……これで王都は、完全に私のものだ」


ああ、なんて知的で冷徹な至高の響き。


本来であれば、私も「流石は私の見込んだお方ですわ」と相槌を打ち、共に優雅な祝杯を挙げていたはずだった。


でも……。


「……まだですわ、レオンハルト様。祝杯を挙げるには、早すぎます」


「早すぎるだと? ヴィクトリア、数字を見ろ。盤面は完全にこちらが制圧しているんだぞ。第三王子はもう、手も足も出ない」


「数字や論理だけでは測れない例外が、一つだけ残っております。……レオンハルト様。あのヴァレリウスの娘を排除しない限り、真の勝利はありませんわ」


あの狂信者の瞳


私の脳裏に、昨夕、特設ブティックのVIP用控室で対峙した真紅のドレスのメイドの姿が鮮明に蘇る。


極度の貧血と悪寒で倒れる寸前でありながら、あの女が放った、ドス黒く燃え盛る地獄の業火のような殺気。


『よぉく覚えておけ、女狐。僕が、必ず彼女を王にする。お前たちのその小銭の山ごと、僕の魔術で跡形もなく焼き尽くしてやるから、首を洗って待っていろ』


思い出すだけで、私の背筋に氷のような冷や汗が伝う。


……あの女は、危険すぎる。


ただの野心家や金目当ての愛人ではありませんわ!


ただの侍女でありながら、まるで王座に君臨する覇王のような絶対的な威圧感。


損得勘定や利害関係ではなく、ただ一人を玉座に据えるためだけに世界を敵に回す、純粋で狂おしい執着。


私は、ドレスの下で無意識に震える膝を隠すように、扇子を強く握りしめた。


「あのメイドが、第三王子陣営の心臓であり知能です。彼女の魔術による情報戦と、常軌を逸したプロデュース能力が、これまでの奇跡的な熱狂を生み出してきました。……物流を絶った程度で、あの特級サキュバスが大人しく屈服するとは思えません。手段を選ばず、必ず何か恐ろしい反撃の一手を打ってきますわ」


レオンハルト様も微かに眉をひそめた。


「たかが没落騎士の娘一人が、この私の経済網を覆すとでも言うのか?」


「ええ、覆しかねません。……ですから、物理的に排除するのです。あの女の息の根を完全に止め、第三王子の心を折る。それが、この代理戦争を確実に終わらせる唯一の手段ですわ」


レオンハルト様は少しの間沈黙し、やがて興味なさそうに肩をすくめた。


「……よかろう。お前がそこまで言うのなら、あのメイドの始末は好きにしろ。私の精鋭部隊の一部を貸してやろう。ただし、私と直接関係がある証拠は残すなよ。この美しい経済戦争に、野蛮な血の匂いを混ぜるのは私の趣味ではないからな」


「御意のままに。……必ずや、レオンハルト様に盤石な玉座をお捧げいたしますわ」


次期王妃の描く、完璧な捕獲罠。


私は冷たく微笑んで立ち上がった。


朝食の席を辞し、自らの私室へと戻った私は、すぐさま用意していた切り札をドレッサーの深い引き出しから取り出した。


「ふふっ……出番ですわよ。ブラックマーケットで手に入れた呪いのレアアイテム、隷属のチョーカー」


鈍い銀色に光るその首輪は、対象の魔力と理性を強制的に封じ込め、装着者の命令にのみ従う肉人形へと変えてしまう恐ろしい呪具だ。


これをあの生意気なメイドの首にはめてやれば、いかに強大な魔術を使おうとも一貫の終わり。


あの忌々しいスライム・ウェポンごと、完全に私の支配下に置いてやるのだ。


「あの女を確実に仕留めるには、王宮や公の場では目立ちすぎる。


第三王子殿下の絶対安全圏から引き離し、確実に罠にはめるための極上の餌が必要になりますわね」


……待っていなさい、ヴァレリウスの娘。


貴女のその狂気ごと、私の手で完全に摘み取って差し上げますわ。


勝利を盤石なものにするため、私は直ちに作戦の指揮を執るべく動き出した。

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