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第35話 女狐の直感と第三王子の急所。冷徹なる第二王子派の包囲網

【視点:ヴィクトリア】

華やかだったお茶会の熱狂が去り、深夜の静寂に包まれた第二王子邸の奥深く。


レオンハルト様の私室には、最高級のシガーの煙と、グラスの中で氷が溶ける微かな音だけが響いていた。


私、ヴィクトリア・フォン・クロムウェルは、革張りのソファに深く腰を沈め、開いた扇子の陰でギリギリと奥歯を噛み締めていた。


……負けましたわ。女として、完全に私の完敗です……!


第一王子派の失脚後、徹夜で書き上げた報告書を握りしめながら、私が心に誓った決断。


それは、王都で一番腕のいい仕立屋を呼びつけ、コルセットの紐がちぎれんばかりに限界まで締め上げ、呼吸困難と引き換えに奇跡の谷間を構築することだった。


すべては、あの規格外の双丘を持つ第三王子の愛人メイドに対抗し、我が愛しのレオンハルト様を彼女の毒牙からお守りするため!


だというのに!


あろうことか、あの女――ヴァレリウスの娘は、コルセットを完全に排除した真紅のスリップドレスで現れやがったのだ。


あの『歩く特級淫具』が放つ、自然体でありながら暴力的な質量と、圧倒的な解放感。


私の涙ぐましいハリボテの防壁など、彼女がヒールを鳴らして一歩歩くたびに生じるダイナミックな揺れの前に、文字通り一瞬で粉砕されてしまったのである。


「……見事な牙だった。あの引きこもり王子が、あれほどの殺気を放つとはな」


向かいのソファで、レオンハルト様が琥珀色の酒を煽りながら、薄く形の良い唇を歪めた。


私の内心の凄絶な敗北感など露知らず、彼は最後に第三王子から向けられた、あの絶対零度の視線を思い出しているようだった。


「経済戦争で私に勝つ、か。面白い。市場の厳しさも知らぬ温室育ちの首を、資本の力で真綿のように締め上げてやる」


レオンハルト様が残忍な笑みを浮かべたのを見て、私はパチンと扇子を閉じ、冷徹な『氷の令嬢』としての仮面を被り直した。


ええ、胸部の敗北は素直に認めましょう。ですが、頭脳戦においてはこの私が負けるわけにはいかないのですわ!


「……油断は禁物ですわ、レオンハルト様。貴方は少々、見誤っておいでです」


「見誤っているだと? ヴィクトリア、お前はあの小僧が私に経済戦で勝てるとでも言うのか?」


「第三王子殿下ご自身は、恐るるに足りません。……問題は、あの『女』です」


瞳を、獲物を狙う蛇のように細める。


「あの『生意気なメイド』……ヴァレリウスの娘。レオンハルト様は、ただの美しい愛人と侮っておいでかもしれませんが、女の勘が告げているのです。あの女は、極めて危険だと」


お茶会での光景が、私の脳裏に蘇る。


常識を破壊する真紅のドレス。


歩くたびに周囲の雄どもの理性をドロドロに溶かしていくような、異常なまでの色香。


だが、私が最も恐れを抱いたのは、彼女の『瞳』だった。


「あの女、王子の腕に抱かれながら、周囲の貴族たちを……いえ、レオンハルト様のことすらも、まるで路傍の石ころか、盤上の駒でも見るかのように冷酷に見下しておりました。あれは、主人に傅く愛人や侍女の目ではない。すべてを支配する『女王』の目です」


そう。あのお茶会のランウェイで、真に場を支配していたのは王子ではない。


王子という絶対的な『盾』の陰から、すべてを掌の上で転がしていたあのメイドなのだ。


私の分析に、レオンハルト様も微かに眉をひそめた。


「女王、だと? あの没落騎士の小娘が?」


「ええ。第三王子の堂々たる振る舞いや、あの忌々しいモダンドレスの演出も、あの女が裏で完全にコントロールしていると見て間違いありません。あの爆乳メイドこそが、第三王子陣営における真のブレイン』であり、最大の脅威ですわ」


私は冷たい紅茶のカップを手に取り、ふふっ、と毒を含んだ笑みをこぼした。


「ですが……強大な脅威であると同時に、あの女は、氷の覇王の『唯一にして最大の弱点』でもあります」


「弱点?」


「お気づきになりませんでしたか? 第三王子殿下は、貴方が王位を巡る挑発をした際も、冷たく受け流すだけでした。しかし……貴方が『あのメイドをベッドで教育し直す』と口にした瞬間、彼は本気で貴方を殺そうとした」


レオンハルト様の脳裏にも、あの時の第三王子の絶対零度の殺気がフラッシュバックしたのだろう。


確かに、あの怒りは「所有物を侮辱された」という程度の軽いものではなかった。


魂の底から湧き上がるような、狂気すら孕んだ激怒だった。


「つまり、あの冷酷無比な氷の覇王は、あの特級サキュバスに心底ご執心なのです。愛人メイドを失えば、あの王子は立ち直れないほどに精神が崩壊するでしょう」


レオンハルト様は、グラスに残った酒を一息に飲み干し、獰猛な商人の笑みを浮かべた。


「なるほど。流石は私の見込んだ女だ、ヴィクトリア」


「お褒めに預かり光栄ですわ。……では、どう動かれますか?」


「簡単だ。二正面作戦で行く」


レオンハルト様は、机の上に広げられた王都の経済地図に、チェスの駒を叩きつけるように置いた。


「表では、我々の莫大な資本力と流通網を総動員し、第三王子の商会を徹底的に叩き潰す。価格競争を仕掛け、奴らに金貨一枚の利益も出させないように兵糧攻めにしてやる」


「経済戦で彼らを疲弊させ、注意を完全にそちらへ引きつけるのですね」


「その通り。そして裏では……」


レオンハルト様の瞳に、残忍な暗殺者の光が宿る。


「経済戦で奴らが身動き取れなくなった隙を突き、あの『弱点』を物理的に引き剥がす。……ただ殺すのではない。王子の目の届かぬ場所へ攫い、二度と表に出られぬよう完全に『無力化』してやる」


「でしたら、無力化の件は、私にお任せいただけますか?」


私は妖艶に微笑み、密かに手配していた『次の一手』の話を持ち出した。


「実は先日の裏オークションで、対象の魔力と理性を強制的に封じ込める『隷属のチョーカー』を手に入れておりますの。これを使えば、いかにあの女が男を狂わせる特級淫具であろうと、ただの従順な人形に成り下がるでしょう」


「ふっ、用意周到だな。頼もしいことだ」


金で国を支配する第二王子と、その裏で冷徹に罠を張る女狐。


血生臭い第一王子とは全く違う、知略と資本、そして呪具を武器にした最も陰湿で巨大な包囲網が、音もなく動き始めた。


「楽しみにしているがいい、ギルバート。お前がすべてを失い、絶望に染まって私の足元に這いつくばる日をな」


夜の闇に溶ける二人の冷たい哄笑は、やがて来る壮絶な死闘の幕開けを、静かに告げていた。


ええ、覚悟なさい、あの生意気なメイド! 


私が受けた胸部の屈辱……国境を越えた経済の暴力と、呪いのアイテムで、たっぷりと倍返しにしてやりますわ!

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