第33話 お茶会という名の見本市。時代を穿つモダンガール
第二王子レオンハルトの私邸は、王都の一等地に広大な敷地を構えていた。
しかし今日、その広大な庭園に広がっていたのは、優雅なティータイムなどという生易しいものではなかった。
……うわぁ、凄い! なんですかこれ、本当にただのお茶会ですか!?
完全に終盤の交易都市のバザーじゃないですか!
それは、第二王子派閥がその莫大な資本力と世界中に張り巡らせた交易網を誇示するための、巨大な見本市だったのだ。
「おお……素晴らしい! これは東の大陸から取り寄せたという、幻の霊鳥の剥製ですか!」
「あちらの天幕には、南方の魔晶石が山のように積まれているぞ。レオンハルト殿下の財力は底知れんな……」
招待された高位貴族や大商人たちが、庭園に並べられた世界中の希少な品々に感嘆の声を上げている。
ただの侍女のメンタルを引き継いでいる私としては、あちこちに積まれた金銀財宝やレアアイテムの山に、もう馬車の窓から目が釘付けだった。
だが、そんな招待客たちの視線を最も集めていたのは、庭園の中央――大理石の特設ステージに鎮座する『鉄の獣』だった。
「皆様、ご覧いただきたい。これぞ我が派閥が大陸の外から独占輸入した最新鋭の技術の結晶。アシュトン・モーターズ社製、魔導自動車です」
ステージの上で、レオンハルト殿下が誇らしげに手を広げている。
魔導自動車の登場は、近年、王国中で大きな話題を呼んでいた。
馬を必要とせず、高純度の魔石を動力として自走するその黒光りする流線型の車体。
それは、旧態依然とした馬車文化に生きる私たちにとって、魔法以上の衝撃だった。
「これからは武力ではなく、技術と資本が世界を制す。……我が兄ヴォルフガングのような野蛮な剣の時代は、とうの昔に終わっているのですよ」
レオンハルト殿下が薄く笑うと、取り巻きたちが一斉に「その通りです!」「次代の王に相応しい御見識!」と拍手喝采を浴びせる。
圧倒的な富。最先端の技術。
レオンハルト殿下はシャンパングラスを片手に、己の勝利を確信しているようだった。
……はぁ〜、あんなピカピカの車体、かっこいい……!
あんな超高級魔道具、一度でいいから運転席に乗ってみたいです!
私が完全にぽかんと口を開け、魔導自動車に見とれていると。
「……痛っ!?」
突然、頬をギュッとつねられた。
「……口が空いているぞ、僕の可愛い覇王様。あんな鉄クズに見惚れてどうする。しゃんとしろ」
隣の座席で、ギルバート殿下(体は私)が、にこやかな笑顔のまま、容赦なく私の頬を引っ張っていた。
「い、痛いです殿下! でも、あんな珍しい乗り物、つい見ちゃいますよ!」
「いいかリリア。あんな成金趣味のガラクタ市に呑まれてどうする。それに……僕が隣にいるのに、鉄の塊に目を奪われるとは、随分と度胸がいいじゃないか。後で寝室で、たっぷり反省させてやろうか?」
「ひゃうっ!? ご、ごめんなさい、私が悪かったですから、下半身へのダイレクトアタック予告はやめてください!」
殿下の鋭いアメジストの瞳が、妖しく光った。
「……さあ、行くぞ。僕たちがここに来たのは、観光するためじゃない。僕たちの『美の暴力』で、あの見本市をランウェイに変え、気取ったインテリ眼鏡のプライドをへし折るためだ。……いいな、リリア。あの見え透いた虚飾を、君のその冷徹な威圧感で切り捨ててこい」
「……はいっ! 完璧にやってみせます!」
私は頬の痛みを気合いに変え、内心のミーハーな震えを鋼の精神力でねじ伏せた。
背筋を伸ばし、氷のように冷たい覇王の仮面を顔面に貼り付ける。
「第三王子、ギルバート・フォン・エーテルガルド殿下、御到着!」
従僕の呼び込みと共に、私はゆっくりと馬車の扉を開け、ステップを降りた。
ざわめきが、波が引くようにスッと止む。
……よし。完璧です、私。堂々と、世界で一番格好良い王子として歩くんです。
私が身に纏っているのは、過剰な装飾や金糸の刺繍をすべて削ぎ落とした、深いネイビーブルーの細身のスリーピース・スーツ。
王侯貴族の男性が好む、権威を示すための重たく豪華な礼服とは全く異なる。
体に吸い付くような無駄のないカッティングが、王子の長身と広い肩幅を、彫刻のように美しく際立たせていた。
「な、なんだあの服は……装飾が何一つないぞ?」
「だが……異常なほど、洗練されている……ッ。まるで、研ぎ澄まされた一本の剣のようだ」
招待客たちの間に、さざ波のようなざわめきが広がっていく。
私は振り返り、馬車の中の愛しい共犯者に向かって、優雅に右手を差し出した。
「お手をどうぞ。私のレディ」
その手を取って、ふわりと降り立った影。
その瞬間、会場の空気が完全に凍りつき、直後に、凄まじい熱を帯びて沸騰した。
「…………ッ!?」
「あ、あああ……っ」
現れたギルバート殿下は、会場にいるどの貴族令嬢とも違う、異次元の存在感を放っていた。
真紅のシルクで仕立てられた、ボディラインを這うようなスリップドレス。
コルセットで腹部を不自然に締め上げ、何層ものペチコートで巨大に膨らませた貴族の伝統的なドレスの概念を、根本から破壊する出で立ちだ。
そう、殿下はコルセットを一切着けていなかった。
「コ、コルセットをしていないだと!? なんてふしだらな……ッ!」
年配の貴族が顔を赤くして叫ぼうとするが、その声は続かなかった。
ふしだら? 違う。
深いスリットから覗く白磁の脚で、ヒールを鳴らして堂々と歩くその姿は、男に媚びるような娼婦のそれではない。
旧時代のコルセットから自らを解放し、己の足で時代を切り拓いていく、知的で、行動的で、圧倒的に洗練された新しい女性像――モダンガールの完璧な体現だった。
「(……ふふっ。馬鹿な奴らだ。美しさとは、金で飾り立てることじゃない。何を捨てるかで決まるんだ)」
殿下は、私の腕に半ば強引に手を絡ませて私を引き寄せながら、アメジストの瞳を妖艶に細めた。
ほんの僅かに放たれた魅了の魔力が、真紅のシルクと極上のフェロモンに混ざり合い、会場全体を甘く殴りつける。
「あんな……あんなに薄着なのに、どうしてあんなに気高くて、美しいの……?」
「私の着ているこのドレスが、急に……ひどく野暮ったい布の塊に思えてきたわ……」
重たい宝石と巨大なドレスで着飾っていた令嬢たちが、次々と顔を青ざめさせ、己の姿を恥じるように扇子で顔を隠し始めた。
男たちは、殿下の知的で扇情的な肢体から一秒たりとも目を離せず、熱に浮かされたようにため息を漏らしている。
「(殿下、皆様の目が……! 完全に私たちの服に釘付けになっています!)」
「(当たり前だ、リリア。金貨の束で組み上げただけのガラクタ市など、最先端の『美』と『思想』の前では、ただの成金の倉庫に過ぎない。さあ、行くぞ)」
殿下に腕を引かれるようにして私たちが庭園の中央へ向かって歩き出すと、人々は道を空けた。
誰も、レオンハルト殿下の用意した金銀財宝など見ていない。
……でも、魔導自動車はやっぱりかっこいいです! チラッ、チラッ。
私は覇王の顔を作りながらも、ステージ上の鉄の獣にどうしても目線をやってしまうのを止められなかった。
「……遅れて申し訳ありません、兄上」
私は、特設ステージの前に立ち止まり、一段高い場所にいるレオンハルト殿下を見上げて、薄く、氷のような微笑を浮かべた。
殿下からの命令だ。
きっちり仕事をこなさなければ。
「素晴らしい見本市ですね。遠方からわざわざ、このような『巨大な鉄箱』を取り寄せられるとは……兄上の有り余る財力には、感服いたします」
「……鉄箱、だと?」
レオンハルト殿下のこめかみに、ピキリと青筋が浮かんだ。
「ええ。機械は所詮、人が操る道具に過ぎません」
私の腕の中で、殿下が艶然と微笑み、挑発的に赤い唇を舐めた。
「真に新しい時代を創るのは……自らの足で枷を外し、自由に世界を歩む個人の美しさと知性ですわ。違いますか、レオンハルト殿下?」
金貨の輝きで塗り固められた第二王子の玉座が、たった二人の放つ美とモダニズムの哲学の前に、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
レオンハルト殿下の見本市は、完全に私と殿下の独壇場たるランウェイへと乗っ取られていた。
ひぃぃ……あんなバチバチに煽って、後が怖いです……!
でも、やっぱり車には乗ってみたい……!
私は内心で殿下の挑発に冷や汗をかき、こっそり魔導自動車に未練を残しながらも、冷徹な王子の仮面を完璧に保った。
静寂に包まれた庭園の中で、経済と美意識が激突する、血の流れない戦争の火蓋が、今ここに切って落とされたのである。




