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第31話 黄金の支配者と新たな盤面。第二王子の優雅なる暗躍

【視点:ヴィクトリア】


第一王子ヴォルフガングが王宮の大広間で大逆の罪を問われ、地下牢へと幽閉された翌朝。


私、第二王子の婚約者たるヴィクトリア・フォン・クロムウェルは、徹夜で書き上げた分厚い報告書を抱きしめながら、未だに小さく身震いしていた。


……思い出すだけで、理性の防壁が溶けそうですわ。


昨夜の太陽の間での惨劇……いや、あれは惨劇というより、一方的な蹂躙劇だった。


私の網膜には、今もあの恐ろしい光景が焼き付いている。


第一王子派の暗殺者たちをロープで引きずりながら現れた、真紅のドレスを纏った女。


第三王子ギルバート殿下の愛人メイド、ヴァレリウスの娘の姿だ。


歩くたびに暴力的に揺れる、あの規格外の双丘。


深いスリットから惜しげもなく披露される、神が手彫りしたかのような白磁の太もも。


そして何より、彼女の全身から致死量の毒霧のように撒き散らされていたフェロモン。


あの空間にいた有象無象の雄どもは、彼女を見た瞬間に、一斉にひれ伏しそうになっていたのだ。


『氷の令嬢』と呼ばれるこの私でさえ、危うく禁断の百合の園に足を踏み入れそうになるほどの、強烈な精神汚染だった。


「……なるほど。猪は結局、自ら掘った落とし穴にはまって自滅したというわけか」


王宮の南翼に位置する第二王子専用の私室。


私の愛しの婚約者、第二王子レオンハルト・フォン・エーテルガルド様は、金の縁飾りが施されたティーカップを片手に、薄く形の良い唇を弧に歪めた。


第一王子の血と鉄の匂いが染み付いた野蛮な執務室とは対極の、静謐で洗練された空気。


ふわりと鼻腔をくすぐるのは、はるか南方の半島から取り寄せられた、最高級の焙煎珈琲の香りだ。


「ええ。第一王子派の主要な武官たちは軒並み拘束され、派閥は完全に瓦解しました。……レオンハルト殿下の読み通りに」


私は内心の動揺と胸部の敗北感を押し隠し、あくまで冷静な補佐役として肯定する。


「読み通り、などではないさ。歴史が証明している。力と恐怖だけで群れを統率する時代は、とうの昔に終わっているのだから」


レオンハルト様は私が提出した報告書から目を離し、デスクの中央に飾られた一つの精巧な模型に触れた。


それは、大陸の外部から技術輸入を検討している最新鋭の魔導自動車のスケールモデルだった。


「見てごらん、ヴィクトリア。この流麗なシャーシの曲線を。ただ風の抵抗を減らすためだけでなく、機能美そのものが芸術の域まで高められている。心臓部たる魔力炉を、いかに無駄なく、そして美しく鋼鉄の骨格へ落とし込むか……。暴力的な魔術の放出とは次元が違う、洗練されたデザインの結晶だ」


ああ、なんて知的なお言葉。素敵ですわ、レオンハルト様……!


私は、職人の魂が込められたその美しい流線型のボディを愛おしげに撫でる彼に見惚れつつも、ハッと我に返った。


そう、今は自動車の機能美に見惚れている場合ではない。


「剣を振り回し、魔力で威圧するだけの男に、この緻密な計算の美しさは理解できない。……これからの王に求められるのは、個人の武力ではない。世界を繋ぐ流通網と、国を豊かにする圧倒的な資本力だ」


「その通りでございます。これで、次期国王の座はレオンハルト殿下のもの」


私は一度言葉を切り、報告書を持つ手にグッと力を込めた。


「……ただ一つ、特大の懸念材料を除いては!」


「……ほう?」


レオンハルト様の知的な灰色の瞳がスッと細められた。


「第三王子、ギルバート殿下……というより、その傍らに侍るあの愛人メイド、ヴァレリウスの娘です!」


私はデスクに身を乗り出し、必死に訴えかけた。


「レオンハルト様! あの女は危険です! 武力や黒魔術以上に、あのメイドが放つ常軌を逸した魔性の美貌……あれはもはや、国家転覆を狙う『歩く厄災』です!」


「厄災……?」


「はい! もしレオンハルト様が、あの女のフェロモンを至近距離で吸い込んでしまったら……あるいは、あの暴力的なまでの胸部で顔を挟み込まれでもしたら……! 知の探求者であるレオンハルト様といえど、理性の知恵の輪を物理で破壊されてしまうかもしれません!」


私のような、スレンダーボディでは、あの質量兵器には到底太刀打ちできないのです! 


もし彼があの爆乳ドSサキュバスに骨抜きにされてしまったらと思うと、夜も眠れませんわ!


私の必死の訴えに、レオンハルト様はパチクリと瞬きをした後、フッと優雅に吹き出した。


「ギルバートは、かつて『救国の魔法使い』と謳われた妃の血を引く神童。そして、あの融通の利かない堅物だったヴァレリウスの娘が、単なる愛人としてではなく、圧倒的な武力と忠誠心で彼の背中を守っている。……魔術と剣、光と闇。昨夜の二人の連携は、まるで寸分の狂いもない精巧な時計仕掛けのように完璧だったそうじゃないか」


彼は手元の帳簿をパラパラと捲り、あるページで指を止めた。


そこには、王国の主要な流通経路と、第二王子派が握る莫大な資金の流れが、物語の結末を暗示する美しい脚本のように完璧な数字で記されている。


「警戒すべき相手なのは間違いない。だが、恐れることはないさ、ヴィクトリア」


レオンハルト様の瞳に、冷徹な支配者の光が宿った。


「剣では、帳簿は斬れない。そして、いかに強大な魔術であろうと、市場の暴落を食い止めることはできない。彼らが局地的な戦術に長けているなら、我々はより高次元の戦略で盤面ごとひっくり返せばいいだけのことだ」


「では、殿下。まずはどのように動かれますか?」


私の問いに、レオンハルト様はデスクの引き出しから、金箔が押された豪奢な招待状を一枚取り出した。


「まずは、彼らを私の領域に招き入れよう。……我が邸宅で開催する、最新技術と芸術のお茶会へね」


レオンハルト様は立ち上がり、窓の外――第三王子たちが住む北の塔を見据えた。


「第一王子との血生臭い殺し合いを終えたばかりの彼らに、見せてやろうじゃないか。圧倒的な『富』と『文化』という、暴力や色香以上に抗いがたい絶対的な格差を。……真に恐ろしいのは、剣の刃でも魔術でもなく、真綿で首を絞められるような資本の力だと、骨の髄まで理解させてやる」


優雅に微笑む第二王子の背後で、王国の経済を牛耳る巨大な歯車が、音もなく、しかし確実に回り始めていた。


ああ、なんて知的で冷酷な眼差し……! やはり私の見込んだお方ですわ!


私は、彼のその横顔に惚れ惚れとしながらも、来たるお茶会に向けて決意を固めた。


ええ、絶対に負けませんわ。


レオンハルト様をお守りするためにも……まずは至急、王都で一番腕のいい仕立屋を呼びつけて、コルセットを限界の限界までキツく締め上げ、せめて谷間部分の補強だけでも構築することを固く心に誓います!


第一の脅威は去った。


だが、真の戦いは、ここから始まるのだ。

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