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第29話 傾国の悪女と氷の覇王の完璧なる断罪。死の円舞曲と勝利の接吻

大広間の重厚な扉が木っ端微塵に吹き飛んだ粉塵の中。


カツ、カツというピンヒールの音が、静まり返った空間に死の秒針のように響き渡った。


「き、貴様ッ! 一介のメイド風情が、我になにを申すか!!」


第一王子ヴォルフガング殿下が、己の計画が根底から崩れ去る悪寒を感じながら激昂して叫んだ。


しかし、真紅のドレスを纏い、頬に艶やかな血糊をつけたギルバート殿下(体は私)は、狂王の怒声など微塵も気にしていないかのように、完全に無視した。


殿下は優雅な足取りで広間の中央へと進み出ると、手に持っていた魔法の光り輝く縄を、まるで生ゴミでも捨てるかのように乱暴に床へ放り投げた。


ドサドサッ!!と、数珠繋ぎにされた十数名の屈強な男たちが、大理石の床に転がる。


「お聞きください、皆様」


殿下の、絶対的な支配力を帯びた声が響く。


「この薄汚いネズミどもは、今宵、我が至高なるギルバート殿下の命を狙った暗殺者です。……さあ、皆様の前で洗いざらい吐き出しなさい。言わなければ……先ほどの『続き』をしてあげますよ?」


殿下が艶然と微笑み、アメジストの瞳を細めた瞬間。


「ヒィィッ……! ぜ、全部、第一王子殿下に命令されたんですぅぅッ!!」

「狩猟祭で、シャドウ・グリズリーを狂化させろって! 今夜もグラスに遅効性の毒を仕込めと……っ!」

「あぁぁっ、もう許して、出ちゃうぅぅッ!」


いや、出ちゃうって何が!? 


王族の公式行事でなんて卑猥な自白をさせてるんですか!殿下!


私の内心のツッコミをよそに、大広間は爆発したような騒然たる空気に包まれた。


高位貴族たちの前で、第一王子の筆舌に尽くしがたい大逆の罪が、あまりにも無惨な形で暴露されたのだ。


「なっ……! で、デタラメだ! 言いがかりにも程があるぞ!!」


顔面を蒼白にしたヴォルフガング殿下が吼える。


だが、すでに誰一人として彼の言葉を信じては動かなかった。


「……言いがかり、ですか?」


カチン。


硬質な音が、狂王の怒声を遮る。


私は、先ほどテーブルに置いたばかりの毒入りワイングラスを、再び静かに手に取った。


「兄上。ならば、このワインを、あなたが飲み干してみてはいかがですか? 一口くらい、お付き合いいただけますよね?」


私は、グラスをヴォルフガング殿下の目の前へと差し出した。


「ッ……!!」


ヴォルフガング殿下が大きく息を呑み、巨体を震わせて一歩、後ずさった。


飲めるはずがない。


それが猛毒であると、誰よりも彼自身が知っているのだから。


「……狩猟祭での卑劣な罠。そして今宵の毒殺未遂。他者を踏み台にし、無実の忠臣を陥れてまで掴もうとした王座への道。……地に落ちましたね、第一王子」


お父様、見ていてください。


これが、騎士の娘として、お父様の教えを守り抜いた私の正義です。


「お、の、れェェェェェェッ!! ギルバートォォォォッ!!」


すべての退路を断たれ、完全なる敗北を突きつけられたヴォルフガング殿下が、獣の咆哮を上げて私に斬りかかってきた。


虚弱な第三王子を両断せんとする、大上段の真向斬り。


「殿下ッ!!」

「キャァァァァッ!!」


貴族たちが悲鳴を上げる。


だが、私は一歩も引かなかった。


なぜなら、私には誰よりも信じられる最強の相棒がいるからだ。


「リリアッ、受け取れ!!」


背後から、殿下の鋭い叫び声と共に、白銀の閃光が飛来した。


「……はいっ!!」


空中に舞った聖剣の柄を、迷いなくキャッチした。


聖剣を握った瞬間、聖剣は主の意志に呼応し、太陽のような眩い光を刃に宿す。


私は極限まで脱力した柔の構えから、ヴォルフガング殿下の剛剣を、聖剣の腹で滑らせるようにして受け流した。


ガギィィィンッ!!!


火花が散り、ヴォルフガング殿下の巨体が大きく体勢を崩す。


「まだだ! 者ども、出会えェェェッ!!」


ヴォルフガング殿下が狂乱の声を上げると、広間の影から第一王子派の隠密兵たちが数十人も雪崩れ込んできた。


大広間は、完全な戦場と化した。


「……さあ、掃除の時間だ。背中は任せたぞ、僕の覇王様」


「ええ。殿下こそ、ドレスの裾を踏んで転ばないでくださいね」


私と殿下は、広間の中央で、迷うことなく互いの背中をピタリと合わせた。


漆黒の礼服と、真紅のドレス。


その瞬間、感覚共有が超深度で繋がり、爆発的なハウリングを起こした。


……熱い。殿下の心音、魔力の流れ、すべてが私の内側から湧き上がってくるみたい。


『君の剣の冴え、筋肉の収縮、視界のすべてが手に取るように分かる。……さあ、踊ろうか。リリア』


私の物理的な剣技の限界を、殿下の黒魔術による身体強化が完全に補う。


殿下の魔術の死角を、私の聖剣が壁となって守り抜く。


「はぁぁぁッ!!」


私が地を蹴り、光を帯びた聖剣で群がる兵士たちの武器を次々と跳ね飛ばす。


その直後、がら空きになった敵の死角から、殿下が放つ漆黒の魔力弾と、致死量のフェロモンが容赦なく炸裂する。


「あァッ!?」

「ひ、ひぃぃぃっ、強すぎる……っ!」


圧倒的な力と、理性を溶かす快楽の魔法。


私と殿下は互いの背中を預け合い、流れるようなステップで敵陣を蹂躙していく。


私が剣を振るうたびに敵が倒れ、殿下が艶然と微笑みながら指を鳴らすたびに、敵が泡を吹いて昇天していく。


誰も、私たちを止めることなどできなかった。


「おのれ、おのれぇぇぇッ!!」


側近たちが全滅し、ただ一人残されたヴォルフガング殿下が、血反吐を吐きながら再び私に突進してくる。


「終わりです、兄上」


お父様が教えてくれた剣は、人を殺すためのものじゃない。


護り、制するためのもの!


私はヴォルフガング殿下の大振りの剣を最小限の動きで躱すと、殿下から送られた全魔力による限界突破の加速を足に込め、狂王の懐へと潜り込んだ。


――ガツンッ!!


聖剣の柄頭による、鳩尾への渾身の一撃。


さらに、足払いでヴォルフガング殿下の巨体を完全に宙に浮かせた。


「が、ぼァッ……!?」


大理石の床に背中から叩きつけられた第一王子の喉元に、白銀に輝く聖剣の切っ先を、ピタリと突きつける。


「……勝負あり、ですね」


ヴォルフガング殿下は屈辱と絶望に顔を歪めながら、ついにその場でガクリと意識を手放した。


「近衛騎士! 第一王子ヴォルフガング、およびその残党を大逆の罪で捕縛せよ!」


私の号令に、ようやく我に返った近衛騎士たちが慌てて駆け寄り、第一王子を拘束し始めた。


                     ◇


戦いは、終わった。


お父様の汚名をすすぎ、王宮の腐敗を断ち切った、完全なる勝利。


私は聖剣を下ろし、荒い息を吐きながら、ゆっくりと背後を振り返った。


「……お見事です。私の、誇り高き覇王様」


そこには、血と汗に塗れながらも、この世の何よりも美しく妖艶に微笑む、傾国の悪女――ギルバート殿下の姿があった。


殿下はカツ、カツと歩み寄り、大勢の貴族たちが見守る真っ只中で、私の前に恭しく跪き、その右手を取った。


「今宵の夜会、第一王子派の鎮圧という最大の余興を終えたところで。……私と、勝利のダンスを踊っていただけますか?」


「(……殿下。こんな血だまりの中で、ですか?)」


「(当然だろう? 僕たちがこの国の頂点に立ったという事実を、奴らの骨の髄まで見せつけてやるんだ)」


ピアス越しに響く、最高に性格が悪くて、最高に愛おしい声。


私は、張り詰めていた緊張の糸を解き、心底呆れたようにフッと笑った。


「……ええ。お前のリードに任せますよ、私の可愛いメイド」


私は殿下の手を引き寄せ、その細い腰を抱いた。


オーケストラはとうに逃げ出し、音楽などない。


だが、深く共鳴し合った二人の魂の中では、どんな名曲よりも甘く激しい旋律が鳴り響いていた。


荒らされた大広間の中央。


誰も手出しできない中、互いの魂を確かめ合うように、優雅に、そして熱烈にワルツのステップを踏み始めた。


「愛しているよ、リリア。君の魂は、永遠に僕のものだ」


「……ええ。地獄の底まで、お供しますよ。最低で最高の共犯者様」


ターンを決め、ディップで殿下の体を抱き留めた瞬間。


私は、大衆の面前であることも忘れ、殿下の赤い唇に、熱く、甘い勝利の接吻を落とした。


私の中で、彼への想いがもう止められないくらいに溢れ出していたのだ。

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