第27話 傾国の悪女による暗殺者狩り。交わる無念と奪還の聖剣
【視点:ギルバート】
王宮の華やかな大広間から壁一枚を隔てた、光の届かない裏回廊。
そこは、冷たい石造りの床と、微かに揺れる燭台の炎だけが支配する、死と陰謀の吹き溜まりだった。
「(……殺す)」
突如として、魂のパスを通じて、僕の脳髄に、焼けるような凄まじい『殺意』が流れ込んできた。
それは、僕自身のものではない。
大広間で愚兄ヴォルフガングと対峙しているはずの、愛しい共犯者――リリアの魂が発した、限界突破の激怒だった。
「ッ……」
僕は、真紅のドレスの胸元を無意識に強く掴んだ。
ただの怒りではない。
パスを通じて、彼女の心が抱え込んでいた血の滲むような絶望と、父親の無念、そしてそれを嘲笑う愚兄に対する、どす黒い憎悪が、濁流となって僕の心臓に流れ込んでくる。
なるほど。
あの豚が、君の父親を罠に嵌め、没落させた真の黒幕だったというわけか…。
リリアの記憶の欠片が、閃光のように僕の脳裏を駆け巡った。
雨の降る処刑台。
濡れ衣を着せられ、それでも王家への忠誠を最期まで捨てなかった高潔な騎士の後ろ姿。
そして、すべてを奪われ、泥水を啜りながら生き延びてきたリリアの、過酷な日々。
どれほどの涙を流し、血の滲むような思いで歯を食いしばって、君は木剣を振り続けてきたんだ……?
ズキリ、と。
僕の胸の奥で、厳重に蓋をしていた古い傷跡が激しく疼いた。
僕の生母もまた、身分が低いというだけで第一王子派の貴族たちから謂れのない冷遇を受け、毒を盛られるようにして王宮の暗部でひっそりと命を落としたのだ。
権力に群がる獣どものせいで、理不尽にすべてを奪われた過去。
だから僕は心を閉ざし、世界を呪い、黒魔術に没頭して、他者を玩具のように見下す歪んだ性格になった。
だが、君は違った。
同じ絶望を味わいながらも、父から受け継いだ『騎士の誇り』を決して捨てず、今もあの光の中で、自分の命を懸けて僕の体で堂々と立っている。
ああ……なんて美しく、気高く、そして痛々しい魂だろう。
君は僕と同じ欠落を抱えながら、僕とは正反対の光を放っている。
だから僕は、こんなにも君に惹かれるんだ。
「……ああ、腹立たしい。僕の大切な半身の魂を愚弄するとは、万死に値するな」
暗闇の回廊に、殺意を帯びた魔力があふれ出る。
君の高潔な手を、あんな豚の血で汚させるわけにはいかない。
ゴミ掃除は、裏を歩く僕の仕事だ。
僕はまず、大広間で怒りに我を忘れそうになっているリリアへ、自身の魂の底から汲み上げた『鎮静』と『深い愛情』を、パスを通じて優しく送り返した。
……堪えろ、リリア。奴の安っぽい挑発に乗るな。
リリアの魂が、僕の温もりに触れて静かに落ち着きを取り戻すのを感じ取ると、僕はゆっくりと、前方の暗闇へと視線を向けた。
そこには、大広間へ突入する機を窺っている、第一王子派の精鋭暗殺部隊が数十名、息を殺して潜伏していた。
「……さあ、醜いネズミ共。僕の愛する半身の過去を嘲笑い、僕の母を絶望に追いやった王宮の暗部の残党よ。貴様らには、息を吐く権利すら残してやらない」
僕は、真紅のドレスの深いスリットから白磁のような太ももを露わにし、コツ、コツ、とピンヒールを鳴らして暗殺者たちの群れへと歩み出た。
全身から、極上の薔薇と麝香を煮詰めたような、致死量のフェロモンが爆発的にあふれ出る。
「な、なんだあの女は……!?」
「な、なんだ……この、匂い……ッ!?」
「あ、ぐ……ッ!? 体が、熱っ……!!」
暗闇に潜んでいた暗殺者たちが、突如として充満した甘い香りに当てられ、次々と武器を取り落とした。
僕の放つ黒魔術を孕んだ色香を吸い込んだ瞬間、男たちの脳髄は即座に焼き切れた。
「僕の愛しい半身を傷つけた罪。……その薄汚い脳が溶け落ちるまで、永遠に続く快楽地獄の中で後悔するがいい」
優雅に指を鳴らす。
その瞬間、僕の足元から展開された漆黒の魔法陣が、回廊全体を舐め回すように覆い尽くした。
「【感覚強制拡張――最大出力】」
「ひ、ィィ、ヒィッ!?」
「あ、ぎィ、あァァァァァァッ!!」
「あぁぁっ、脳が、脳髄が溶けるぅぅぅッ!!」
回廊が、文字通りの『快楽地獄』と化した。
暗殺者たちの屈強な肉体が、内側から爆発するような強烈な絶頂の波に襲われ、ドロドロに溶け落ちていく。
彼らは自らの股間や胸を掻き毟り、白目を剥き、涎と涙を撒き散らしながら、石畳の床でのたうち回った。
見苦しいな。
「あまりの気持ちよさに、声も出ないか? ……豚は豚らしく、這いつくばって僕の靴でも舐めていなさい」
僕は、アヘ顔で痙攣する男たちの間を、まるで花畑を散歩するように優雅に歩き抜ける。
這い寄ろうとする男の手をヒールで冷酷に踏み砕き、時には迫り来る刃を素手で叩き折り、そのまま相手の顔面を壁にめり込ませた。
「遅い、脆い、醜い。……君たちの存在そのものが、僕の視界を汚している」
真紅のドレスの裾が、男たちの血と白濁した体液を掠めて舞う。
それはまさに、男を狂わせ、破滅へと導く『傾国の悪女』の完璧な体現だった。
物理的な暴力と、精神を破壊する快楽の魔術。
二つの絶望を前に、第一王子の暗殺部隊は手も足も出ず、次々と肉の塊へと変わっていく。
そして、血の匂いが充満する回廊の最奥。
そこには、第一王子派の暗部の首領が、ただ一人、自らの太ももに短剣を突き立ててフェロモンの狂気から正気を保ちながら、僕を待ち受けていた。
その腕の中には、豪奢な布に厳重に包まれた、長大な剣が抱えられている。
「……バケモノめ。だが、これだけは渡さん……ッ!」
「おや。まだ意識を保っている馬鹿がいたか」
僕は、首領の抱えるその剣を見て、瞳を細めた。
それこそが、愚兄が僕の王位継承権を完全に剥奪するため、宝物庫から密かに盗み出していた王室の秘宝――『初代国王の黎明の聖剣』だった。
王となる者は、戴冠の儀においてこの聖剣を抜かなければならない。
それを隠匿し、僕を「王の資格なし」として失脚させるための、決定的な政治工作の要。
「泥棒猫の分際で、僕の王の持ち物を勝手に持ち出すな」
……いや。正確には『僕』の持ち物じゃないな。
この聖剣を抜くのは、もはや僕ではなく――僕のたった一人の愛しい『王)』だ)
自身の姿を、ふっと掻き消す。
「なッ――」
「【脳髄掌握】」
僕の白く細い指先で、首領の頭蓋を鷲掴みにする。
超高密度の黒魔術で首領の中枢神経を直接焼き切り、彼を永久の快楽の底へと叩き落とした。
首領は「あひッ」と間抜けな声を漏らし、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「……よし。これで、最後のピースは揃った」
僕は、首領の腕から滑り落ちた聖剣を拾い上げ、布を取り払う。
暗闇の中でも白銀の輝きを放つその聖なる刃は、これから本物の『氷の覇王』となる愛しい少女にこそ相応しい。
リリアの父上の無念。
そして、僕の母の無念。
……すべての借りを、あの豚にまとめて払わせてやる。
僕とリリアの二人で、な。
僕は、気絶した暗殺者たち数十名を漆黒の魔法の縄で数珠繋ぎに縛り上げると、聖剣を片手に持ち、悠然と踵を返した。
「待っていろ、リリア。今、僕が……君の舞台を完璧にするための小道具と、生け贄を持って行ってあげるからね」
大広間の扉の向こうからは、愚兄ヴォルフガングの怒号が聞こえてくる。
僕は、頬に悪女の笑みを深く刻み込み、魔法の縄をズルズルと引きずりながら、光と熱狂の渦巻く大広間へと、容赦のないヒールの音を響かせていくのだった。




