第17話 凱旋する氷の覇王と傾国の愛人メイドによる甘美な蹂躙
血と泥、そして魔獣の死臭が充満する『魔の森』から、二つの影がゆっくりと歩み出てきた。
一人は、私、リリア(中身は侍女)は、返り血と泥に塗れ、ボロボロになった狩猟服を引きずっていた。
そしてもう一人は、私の体を壊れ物のように優しく、しかしどこか周囲に見せつけるような艶やかさでエスコートする、黒髪のメイド(中身はギルバート殿下)であった。
「はぁ……っ、く……足が、もう……」
限界です。体力は完全にゼロ、精神力もマイナスに振り切っています。
おまけに、股間の『秘密の魔導下着』がもたらした強制絶頂の余韻のせいで、足に全く力が入りません。
今すぐこの泥だらけの地面に倒れ込んで、三日三晩泥のように眠り続けたいです……!
私が心の中で血の涙を流していると、隣を歩く殿下が、私の腰にスッと白い腕を回してきた。
「頑張れ、僕の可愛い王子様。ここで倒れたら、せっかくの凱旋が台無しだからね。僕の肩にもたれていいから、威風堂々と歩きなさい」
威風堂々って……立っているだけで奇跡のレベルなんですよ!?
限界をとうに超え、今にも崩れ落ちそうな私の体を、殿下はメイド服の袖から伸びる腕でしっかりと抱き留めている。
認識阻害の伊達眼鏡を外し、リミッターを完全に解除した殿下からは、むせ返るような芳醇な『フェロモン』と、隠しきれない規格外の魔力が立ち上っていた。
森を抜けて野営地へと近づくにつれ、周囲の空気が甘く、そしてねっとりと重く変質していくのが分かった。
「おい、見ろ……あれ……!」
「嘘だろ……あの森から、生還したのか!?」
野営地に到着した途端、私たちの姿を目にした騎士や貴族の子弟たちが、次々と息を呑んで道を空けた。
「あのメイド……なんていい匂いがするんだ……っ」
「歩くたびにスリットから太ももが……くそっ、見ちゃいけないのに、目が離せない……!」
えっ!? ちょっと待ってください!
皆、私の体を見て、ありえないくらい鼻の下を伸ばしてるじゃないですか!
やめて、私の清純な体をそんな変な目で見ないで!
周囲の男たちが、殿下の放つ致死量のフェロモンにあてられ、次々と顔を赤らめて股間を押さえ始める。
ただ歩いているだけだというのに、野営地の理性が音を立てて崩壊していくのが分かった。
「(で、殿下……! 皆が、変な目で私の純潔な体を見てます! スリットから太ももを見せびらかさないでください! フェロモンをしまってください! こんなの、お嫁に行けなくなります!)」
「(無理な相談だね。僕の愛しい相棒の無事を祝って、僕の体も歓喜の声を上げているんだ。隠しきれるものじゃないさ)」
小声で必死に抗議する私に対し、殿下は悪びれるどころか、さらに私の腕に自身の豊かな胸をムギュッと押し付けてきた。
(ひやぁぁっ!? や、やわらかっ!? 自分の胸なのに、なんでこんなに暴力的な弾力と柔らかさなんですか! 絶対育ってますよこれ!)
疲労困憊の私の脳天に、高レベルスライム以上の弾力と、甘い香りが直撃する。
王子の若い体が、条件反射でビクンと反応してしまう。
「(ひゃんっ!? だ、だめ、密着しすぎですっ! 王子の『エクスカリバー』がまた勝手に元気になっちゃいます!」
「(いいから前を見ろ。……お出迎えだ)」
野営地の中央。 もっとも巨大な天幕の前に、その男は立っていた。
第一王子、ヴォルフガング殿下。
彼はすでに狩りを終えたのか、取り巻きの暗殺者や騎士たちを引き連れ、余裕の笑みを浮かべて祝杯のワインを呷っていた。
当然だ。彼の中では、第三王子は森の奥で魔獣の餌食になり、すでにこの世にいないはずなのだから。
しかし。
「な……貴様……ッ!?」
群衆を割って現れた私の姿を見た瞬間、ヴォルフガング殿下が手にしていたワイングラスが、ガシャンと音を立てて地面に砕け散った。
その顔に浮かんでいた余裕の笑みは、信じられないものを見る驚愕と、底知れぬ恐怖に引き攣っている。
「……随分と早いお戻りですね、兄上」
私は、ガクガクと震えて崩れ落ちそうな膝に、最後の意地を込め、背筋をピンと伸ばした。
泥と血に塗れた美しい王子の顔で、私は真っ直ぐにヴォルフガングを睨み据えた。
「森の奥は、少々『害虫』が多すぎました。……ですが、一匹残らず駆除してまいりましたよ。兄上がご心配なさるようなことは、何一つありません」
言った! 言ってやりましたよお父様!
私を殺そうとしたこの第一王子に、最高の皮肉を!
静かだが、刃のように鋭い声。
それは、ヴォルフガング殿下が差し向けた暗殺部隊も、魔獣も、すべて自分が物理的に粉砕したという明確な勝利宣言であった。
「ば、馬鹿な……ッ! あのアレを……貴様一人で、だと!? ありえん、ありえるはずがないッ!!」
巨漢のヴォルフガング殿下が、一歩、また一歩と無意識に後ずさる。
殿下を散々馬鹿にしてきた報いですよ!
「素晴らしいよ、僕の王子様。……なら、僕も君に最高の華を添えてあげよう」
殿下はふっと妖艶な笑みを浮かべると、私の前に一歩進み出た。
そして、周囲の何百という目が見守る中――あろうことか、私の首に白く細い腕を絡ませ、つま先立ちになって、その泥に汚れた頬に『チュッ』と甘い音を立てて口付けたのだ。
「えっ……!?」
ちゅっ!? えっ、いま、キス!?
私の体で、王子の頬に!? 公衆の面前で!?
「お疲れ様でした、私の愛しい殿下。無事にお戻りになられて、私……身も心もとろけてしまいそうですわ」
とろんと熱を帯びたアメジストの瞳。
濡れた赤い唇。
そして、私の耳元で囁く、脳髄を直撃するような蠱惑的な吐息。
殿下は、レースのハンカチを取り出すと、私の顔の汚れを、ねっとりと優しく拭い始めた。
「(で、で、ででで殿下ッ!? な、何を公衆の面前で……ッ!! 恥ずかしさで爆発します! やめて、皆が見てます!)」
「(しっ。黙って僕に傅かれていろ。これが一番、奴らにとって致命的な精神的ダメージになるんだ)」
「み、見ろよあれ……ッ! あの氷の覇王が、メイド一人に骨抜きにされてるぞ!」
「そうか! 殿下が死の森から生還できたのは、あの絶世の愛人が帰りを待っていたからだ!」
「あんな極上の女に夜毎愛されているなら……そりゃあ、魔獣の一匹や二匹、素手で引き裂いてでも生きて帰ってくるに決まってる!」
「くそっ、羨ましすぎる! 俺もあのメイドにゴミを見るような目で踏まれたいッ!!」
野営地に、凄まじい勢いで「盛大な勘違い」と「熱狂」の嵐が巻き起こった。
『第三王子ギルバートは、あの傾国の愛人を抱くためだけに地獄から生還した』。
そんな私の純潔にとって絶望的に不名誉な噂が、光の速さで陣幕を駆け巡っていく。
もはや誰も、第一王子ヴォルフガング殿下のことなど見ていなかった。
完全に主役は、私と殿下に奪われていた。
「き、きさまらぁぁぁッ……!!」
屈辱で顔を紫に染め上げたヴォルフガング殿下が、血を吐くような呻き声を上げたが、殿下が冷たく流し目を送った瞬間、強烈な黒魔術の威圧に当てられ、その場にガクリと膝をついてしまった。
勝負は、完全に決した。
「さあ、殿下。私たちの天幕へ戻りましょう。……たっぷりと、汗を流して差し上げますわ」
殿下は、周囲の男たちにこれでもかと見せつけるように、私の胸元に自身の柔らかな谷間を押し当て、艶やかに微笑んだ。
「ひ、ひぃぃ……っ」
終わった……!
お父様、私の清純派侍女としての名声が、完全に地の底へ堕ちましたぁぁっ!
周囲からの羨望と嫉妬の視線、そして殿下からの過剰なスキンシップに、私はついに白目を剥いて意識を手放しかけた。
◇
――数分後。
第三王子専用の天幕の中。
「ちょっと! どういうつもりですか殿下ぁぁぁッ!!」
天幕の入り口が閉まった瞬間、私は最後の力を振り絞って大魔王に抗議の声を上げた。
「あんな……あんな恥ずかしいこと! 愛人だなんて噂が広まったら、私、元の体に戻った時に絶対お嫁に行けませんよ!? 騎士爵家の名折れです!」
「何を怒っているんだ? 第一王子への牽制としては完璧だっただろう。それに、周囲の有象無象の男どもに『この体は僕のものだ』と知らしめておく必要があったからな」
殿下は、優雅に天幕の長椅子に腰掛け、長い脚を組み替えた。
その顔には、一欠片の罪悪感もない。
むしろ、至上の満足感に満ち溢れていた。
「だいたい、君が僕以外の男に嫁ぐことなんて、この僕が許すはずないだろう?」
「えっ……」
いま、なんと言いました……? 僕以外の男に嫁ぐことを許さない?
私の心臓が、恐怖とは違う理由でトクンと大きく跳ねた。
「君は僕の共犯者だ。地獄の底まで、いや、永遠に僕の隣で、僕の体を守り続ける義務がある。……だから、学園でも今日のように、僕が君にピッタリとくっついて、悪い虫がつかないよう『徹底的に管理』してあげるから安心しろ」
殿下は、獲物を逃さない蜘蛛のように、妖艶に、そして底知れぬ独占欲を孕んだ笑みを浮かべた。
「……終わった。私の平穏な侍女ライフ、完全に終わりました……」
私は、重たい防具ごと長椅子に崩れ落ちた。
肉体的な疲労よりも、これから待ち受ける「傾国の愛人(中身は超絶ドSの変態王子)」との学園生活を想像し、胃のあたりがキリキリと激しく痛み始める。
お父様、お母様。リリアは魔の森からは無事に生還しましたが……貞操の危機と風評被害のループからは逃れられそうにありません!
かくして、波乱の王立狩猟祭は第三王子の圧倒的な勝利と、私にとって致命的な一つのハレンチ伝説を生み出して幕を閉じたのだった。




