第13話 死の森への招待状。開花した傾国のメイドと氷の覇王の秘密の武装
魂の繋がりを確かめ合ったあの夜から、一週間後。
王都の北方に広がる広大な原生林――通称『魔の森』の入り口には、王家の紋章が描かれた無数の天幕が立ち並び、異様な熱気と血生臭い緊張感に包まれていた。
年に一度の『王立狩猟祭』。
表向きは貴族の子弟たちが武勇を競う華やかな祭典だが、裏を返せば、合法的に政敵を「魔獣の餌食」に偽装して暗殺できる、血みどろのサバイバルの場でもある。
「……ついに、来てしまいました」
第三王子専用の豪奢な天幕の中で、私、リリア(中身は侍女)は王族用の狩猟服に身を包み、ごくりと生唾を飲み込んだ。
ひ弱な王子の体には、上質な革と軽金属の防具すらひどく重い。
でも、逃げません。
私が殿下の盾になるって、決めたんですから……!
私の心には一週間前のような逃げ腰な色はなく、真っ直ぐな騎士としての覚悟が宿っていた。
その時。
天幕の外が、にわかに騒がしくなった。
「おい、見ろよあのメイド……」
「どこの家の専属だ? すげぇ美人……いや、なんていうか、色気がヤバくないか?」
「歩くたびに、甘くていい匂いが……くそっ、ただの下働き相手に下半身が熱く……ッ」
屈強な騎士や、気位の高い貴族の令息たちが、次々と道を空け、熱に浮かされたような視線を一箇所に集めている。
ざわめきが天幕の入り口で止まったかと思うと、布が静かに捲り上げられた。
「お待たせ、僕の可愛い王子様」
そこに入ってきたのは、見慣れた侍女服を着た一人の少女――私の肉体に入ったギルバート殿下だった。
伊達眼鏡をかけているにも関わらず、その姿は異様だった。
サイズが合っていないのか、それともわざと着崩しているのか、豊かな胸元は今にも零れ落ちそうに強調され、スカートのスリットからは歩くたびに白く滑らかな太ももが大胆に覗く。
何より、そのアンニュイな流し目と、吐息交じりの甘い声は、完全に周囲に状態異常『魅了』をバラ撒くサキュバスの女王のそれだった。
「で、殿下!? ななな、なんですかそのハレンチな格好は!?」
私は慌てて天幕の入り口を閉め、殿下に詰め寄った。
毎日100回のスクワットと剣の素振りで鍛え上げた私の真面目な筋肉ボディが、完全に淫乱悪女にクラスチェンジしてるじゃないですか!!
「外の騎士たちがみんなガン見してましたよ!? それに、なんだか私の体……以前より、さらに胸とかお尻のボリュームが……っ! 絶対育ってますよね!?」
「ふふっ、気づいたか?」
殿下は自信満々に胸を張り、妖艶な唇を吊り上げた。
「この一週間、狩猟祭に向けて君の魔力回路を極限まで引き上げるため、毎晩たっぷりと遠隔で『開発』させてもらったからね。隅々まで快楽を教え込み、魔術のパスを繋ぎ続けた結果……息をするだけで雄を発情させる、極上のフェロモンボディが完成したというわけさ」
か、開発って……!
あんなのお父様が見たらショックで血の涙を流しますよ!
私の清らかなお嫁入りスキルが全ロスです!
どうしてくれるんですかこの大魔王!
「素晴らしいだろう? 今の君の体なら、微笑むだけで小国の軍隊くらい壊滅させられそうだよ」
悪魔のようなドヤ顔で報告する殿下を前に、私は両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちた。
完全に私の人生が淫魔仕様に上書きされている。
絶望の淵に沈む私を他所に、殿下はスッと表情を引き締め、私を見下ろした。
「ふざけるのはここまでだ、リリア。作戦を伝える」
その声の冷たさに、私もハッとして顔を上げる。
「いいか。この森には魔獣だけでなく、第一王子派が放った暗殺部隊と、無数の魔法罠が仕掛けられている。まともに進めば五分でミンチだ」
「ご、五分……」
「だから、僕が『後衛』から動く」
殿下は、指先を立てた。
「僕はこの完璧に調整された魔力特化の体を使って、森に潜む敵対戦力や罠を隠密裏に削っていく。君は、僕がピアスから指示するルート通りに、ただ走れ。絶対に立ち止まるな。僕の体を死なせたら承知しないぞ」
「……はい! 任せてください、逃げ足には自信があります!」
私が力強く頷いたその時、殿下はポーチの中から小さな特製の木箱を取り出した。
カチャリと蓋を開ける。
中に入っていたのは、武器でも防具でもなく――禍々しいほどに妖しく光る、紫色の糸で編まれた極小の『下着』だった。
「殿下、それは……?」
「古代の遺跡から発掘された、特殊な魔導繊維だ。これを肌に直接身につけることで、遠く離れた僕からの魔力をロスなく君の体へ流し込むことができる。さあ、今穿いているものを脱いで、これに着替えろ」
「…………」
◇
私は言われるがまま着替えたが、あまりの布の少なさと食い込み具合に顔を真っ赤にした。
「……きついです。それに、布地が少なすぎて、前の部分が……」
殿下が、ニヤリと悪魔の唇を吊り上げる。
次の瞬間。
「――ッ!!?」
ヴィィィィィン……ッ!
私の股間を包む魔導繊維が、突如として細かく、そして強烈に振動し始めた。
ただ震えているだけではない。
生地そのものが意志を持っているかのようにうねり、王子のエクスカリバーを、まるで高レベルの粘体スライムのようにねっとりと擦り上げてくるのだ。
「ひゃあッ!? な、なにこれ、震え、あ、やぁッ!」
「いい反応だ。この『秘密の魔導下着』には、僕の魔力に呼応して微弱な快感を与え続ける術式が編み込まれている。僕の膨大な黒魔術を君の体で受け止めるには、魔力回路を快楽によって常に全開にしておく必要があるからな」
理不尽です!
こんなの、ただのセクハラ装備……っ!
股間に雷属性の継続ダメージが入り続けてますっ!
「さあ、開会式が始まるぞ。顔を上げろ、氷の覇王」
絶え間なく続く股間への凶悪な振動にガクガクと震えながら、私は涙を飲んで天幕を出た。
◇
「静まれ! これより、王立狩猟祭の開会を宣言する!」
広場に集まった数百人の参加者たちの前に、ズシン、ズシンと地響きを立てて一人の巨漢が進み出た。
第一王子、ヴォルフガング・フォン・エーテルガルド殿下。
王位継承権第一位にして、戦場では「狂王」と恐れられる最強の武闘派。
そして、ギルバート殿下の命を執拗に狙う、因縁の宿敵である。
ヴォルフガング殿下は開会の辞を述べ終えると、まっすぐに私の元へと歩み寄ってきた。
「よう。随分と遅い到着じゃないか、引きこもりの弟よ」
見上げるような巨体から放たれる、本物の殺気。
周囲の貴族たちが息を呑む中、ヴォルフガング殿下は私を見下ろして嘲笑った。
「怪我をしないうちに、天幕で震えていた方が身のためだぞ? 魔獣は、お前のような青白いガキの肉が大好物だからな」
圧倒的な威圧感。
だが、私の耳には彼の嫌味などほとんど入っていなかった。
ううぅ……すれる……!
風が吹いて紐が動くたびに、先端が……ッ!
体力がゴリゴリ削られる!
魔導下着の容赦ない刺激。
私は、今すぐ股間を両手で押さえて床を転げ回りたい衝動を、奥歯を噛み砕くほどの力で必死に耐えていた。
必然的に、眉間に深い皺が寄り、瞳孔が収縮し、漏れそうな喘ぎ声を殺すために全身の筋肉を硬直させた結果――ものすごく殺気立った凶悪な表情になってしまう。
「……ふん。威勢がいいのは顔だけにしておけよ」
ヴォルフガング殿下は冷や汗を流しながら、誤魔化すように舌打ちをした。
そして、私の背後に立つ殿下(侍女姿)を一瞥し、下劣に鼻を鳴らす。
「なんだその雌犬は? 狩りの場にまで女を連れ込むとは。まあ、安心しろ、お前が魔獣のフンになった後、俺がたっぷりと可愛がってやる」
その瞬間。
私の奥底で、冷たい怒りが弾けた。
なんですって。
魔導下着の快感すら完全に上書きするほどの、純粋な敵意が私の胸に燃え上がった。
確かに殿下は最低最悪のセクハラ大魔王ですけど、私を信じて背中を預けてくれた人なんです。
ずっと一人で震えてきた彼を、これ以上誰にも嘲笑わせはしない。
私のなかにある、誇り高きヴァレリウス騎士爵家の血が沸騰する。
誓いに懸けて、このド変態王子……じゃなかった、殿下には、指一本たりとも触れさせません!
私が、守り抜く!
「……俺の侍女に指一本でも触れてみろ。第一王子」
一切の感情を排してヴォルフガング殿下を見上げる。
「その腕、根元から叩き斬るぞ」
静寂。
広場にいる全員が息を呑んだ。
「……クックック。ハハハハハハッ!!」
ヴォルフガング殿下が、天を仰いで哄笑した。
そして、顔を鬼のように歪め、私を見下ろす。
「いいだろう! その減らず口、森の中で絶望と血の悲鳴に変わるのが楽しみだ!」
ブォォォォォォォーーーッ!!
その怒声を合図にするかのように、狩猟祭の開幕を告げる大角笛の音が、王都の空を切り裂いた。
参加者たちが一斉に歓声を上げ、魔獣の潜む暗い森へと馬を走らせていく。
『……最高の宣戦布告だったよ、リリア』
隣に立つ殿下が、誰にも聞こえない声で囁いた。
その赤い唇には、獲物を前にした肉食獣のような、酷薄で美しい笑みが浮かんでいる。
「行きましょう、殿下。私たちの戦場へ」
『ああ。第一王子派の塵共を、一人残らず絶望の底に沈めてやろう』
入れ替わった二人の共犯者は、死の口を開けて待つ『魔の森』へと静かに足を踏み入れた。
股間のバイブレーションと強敵の殺意に挟まれた、大波乱の王立狩猟祭が、ついに幕を開けた。




