第11.5話 媚薬入りの優雅なお茶会と氷の覇王
午前中の過酷な実技をなんとか乗り切り、ようやく放課後を迎えた。
私は学園の特別寮、その最上階にある自室へ向かって、鉛のように重い足取りで廊下を歩いていた。
『――ふふっ。今日の君はなかなか見どころがあったよ。まさか僕の制御を力技で上書きするとはね』
ピアス越しに聞こえる殿下の声は、どこかご機嫌だ。
「(殿下のふざけたセクハラバフのせいで、変な声が出そうになったんですからね! 少しは反省してください!)」
『人聞きの悪いことを言わないでほしいな。あれは筋肉の緊張をほぐすための、適切な処置だ』
「(断じて違います! この変態王子!)」
そんな風に、誰にも聞こえない念話で軽口を叩き合いながら角を曲がった、その時だった。
「――お待ちしておりましたよ、ギルバート殿下」
突然、目の前に立ち塞がったのは、金色の髪を持ち、気品あふれる男子学生だった。
背後には数人の取り巻きを従え、気取った、しかし底意地の悪い笑みを浮かべている。
『リリア。気をつけろ。第一王子派の使い走りだ」
「侯爵家の長男、エリアスと申します。学園で『氷の覇王』と名高い第三王子殿下と、ぜひ親睦を深めたいと思いまして。この後、我々が主催する茶会へお越しいただけないでしょうか?」
第一王子派閥……!
絶対ろくでもない企みですよこれ! 笑顔の裏にドス黒いオーラが見えます!
『無視しろ、リリア。あんな連中と馴れ合う必要はない。適当に睨みつけて通り過ぎれば……』
「……よ、よかろう。少しだけなら時間を取ってやろう」
『はぁ!?』
ああっ、やってしまったぁぁっ!?
威圧して追い払おうとしたつもりが、長年染み付いた「高位貴族からの誘いは無下にできない」というしがない侍女の悲しい習性と、とっさに王子の尊大な態度を取り繕おうとした結果、謎の上から目線で快諾してしまったのだ。
『……脳筋だとは思っていたが…君って本当に馬鹿なの? 自ら罠に飛び込むなんて』
「(ち、違うんです! 今のは不可抗力で……!)」
殿下の深い深い呆れ声がピアス越しに響く中、私はエリアスたちに案内され、お茶会へと連行されたのだった。
◇
聖ルミナ学園の敷地内にある、貴族専用の豪奢なガラス張りの温室。
そこには、第一王子ヴォルフガングの息がかかった高位貴族の令息たちが集まっていた。
「ようこそ、ギルバート殿下」
中心に座っていたのは、侯爵家の長男であるエリアス。
金髪を撫でつけ、気取った笑みを浮かべる彼の背後には、数人の取り巻きが控えている。
彼らが主催する「貴族院の茶会」に、私は一人で呼び出されていた。
「……何用だ」
午前中の実技と、朝からの疲労で足腰がフワフワしているのを必死に隠し、私は極限まで低いイケボで応じた。
その冷徹な眼差しに、エリアスたちは一瞬だけ怯むが、すぐに余裕の笑みを取り繕う。
「学園で『氷の覇王』と名高い第三王子殿下と、ぜひ親睦を深めたいと思いまして。……さあ、どうぞこちらへ。南方から取り寄せた、極上の紅茶をご用意しております」
テーブルの上には、美しいティーカップが置かれている。
立ち上る湯気からは、微かに甘く、むせ返るような香りが漂っていた。
『――気をつけろ、リリア』
ピアスから、殿下の鋭い声が飛んだ。
『その紅茶には「セイレーンの涙」が混入されている。南方の非合法な魔薬だ』
「(ま、魔薬!? 毒ですか!?)」
『毒より厄介だ。象でさえ発情して倒れるほどの強烈な媚薬だよ。一口でも飲めば、理性を失い、公衆の面前で獣のように発情して這いずり回ることになる』
私は血の気が引いた。
第一王子派の狙いはこれだ。
学園で評価を上げ始めた第三王子に媚薬を飲ませ、大勢の生徒の前で無様な醜態を晒させる。
そうすれば「第三王子は色情狂の異常者だ」という噂が広まり、王位継承権から完全に失脚させることができる。
「どうされました、殿下? 冷めないうちにお召し上がりください」
エリアスが、いやらしい笑みを浮かべて勧めてくる。
飲めば破滅。
だが、ここで「毒が入っている」と騒いでも証拠はなく、逆に「臆病風に吹かれた」と嘲笑されるだけだ。
「(ど、どうしましょう殿下! 飲めません! 自殺行為です!)」
『……飲め、リリア』
「(えっ!?)」
『僕の体を信じろ。そして、君自身の根性を僕に見せてみろ。……何より、僕の可愛いおもちゃを、あんな三下どもに壊されるのは我慢ならないからね。一番キツい部分は、僕が「引き受けて」やる』
で、殿下が身代わりに!? あ、あの悪魔みたいな変態王子が、私のために……!
殿下の声には、絶対の自信と、狂気めいた愉悦が混ざっていた。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
やるしかない。
「……頂こう」
私は優雅な動作でティーカップを手に取り、エリアスたちの目の前で、その赤い紅茶を一気に飲み干した。
「ッ……!!」
瞬間、喉から胃の腑にかけて、爆発的な熱が広がった。
うぐっ! 喉が焼ける!
そして下腹部にクリティカルな快感が……!
全身の血が沸騰し、視界がぐにゃりと歪む。 下腹部に、朝のモーニングコールとは比較にならないほどの強烈な「疼き」が直撃した。
あ、がっ……あぁぁぁっ……!
私は椅子に座ったまま、太ももを固く閉じ、魔薬の快感に悲鳴を上げそうになるのを、奥歯を噛み砕くほどの力で堪えた。
「おや、お口に合いませんでしたか?」
エリアスがニヤニヤと笑いながら覗き込んでくる。
あと数秒で、王子が涎を垂らして床を転げ回るのを期待しているのだ。 だが、その時。
『――ふぅっ、あ、ははっ……! す、すごいな……これ、は……ッ!』
ピアスから、殿下の荒い息遣いが聞こえてきた。
「(で、殿下!?)」
私の体でなんて艶かしい声出してるんですか! 感謝の気持ちが1ミリも湧きません!
『感覚共有のパスを……限界まで、僕の方(リリアの体)に引き寄せて……いる……! 薬効の八割は、僕の脳で処理、する……ッ!』
殿下は、媚薬の強烈な成分を、魔術のパスを通じて魂ごと「私の体」の方へと転送していたのだ。
『あぁっ、んあぁっ! 君の体、感度良すぎ……っ! 最高だ……脳が、溶けそう、だ……ッ!』
ドMなのかドSなのかわからない狂気の沙汰だ。
だが、彼が身を呈して引き受けてくれた(?)おかげで、私(王子の体)に残された薬効は抑え込まれていた。
これでも、きつい……!
でも、ポーカーフェイスを維持しろ私!
騎士の娘のド根性を見せるんです!
殿下が、身代わりになってくれたんだから……!
私は、騎士の娘としての不屈の精神を再び総動員した。
額に冷たい汗を浮かべながらも、呼吸を整え、ゆっくりと目を開く。
カチャリ。
私は、飲み干したティーカップをソーサーに静かに戻すと、冷酷な光を宿した瞳でエリアスを見据えた。
「……ぬるいな」
言った! 言ってやりました! 理性はマグマみたいに溶けそうですけど!
「へ?」
間抜けな声を上げるエリアスに、私はゆっくりと足を組み、鼻で笑った。
「このような『白湯』で、俺をもてなすつもりか? 第一王子派の懐具合も、随分と寂しくなったものだな」
静寂。
エリアスと取り巻きたちの顔から、サーッと血の気が引いていく。
彼らは知っている。
「セイレーンの涙」の恐ろしさを。
「ば、馬鹿な……致死量の……いや、あの薬を飲んで、平気なはずが……!」
「何か言ったか?」
私がわずかに身を乗り出すと、エリアスは「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて後ずさった。
「その程度の『小細工』で、俺の底が測れるとでも思ったか? ……兄上に伝えておけ。次は、もっとマシな茶を用意しろ、とな」
私は優雅に立ち上がり、マントを翻して温室に背を向けた。
背後からは、絶望と恐怖でガタガタと震える貴族令息たちの、歯の根が合わない音だけが響いていた。
◇
温室を出て、誰もいない裏庭の茂みに隠れた瞬間。
「はぁぁぁぁっ、はぁっ、はぁっ……っ!」
私は地面に崩れ落ち、自らの肩を抱いて激しく息を喘がせた。
もう無理! 理性が完全崩壊ですぅぅ!
殿下が肩代わりしてくれたとはいえ、媚薬の残り火が下腹部を激しく焼き焦がしている。
「(でんかぁ……っ、助けて、私、もう……!)」
『……よく、やった……僕の、可愛くて、生意気な王子様……っ』
ピアスから聞こえる殿下の声も、ドロドロに溶けきっていた。
『今夜は……お互い、朝まで眠れそうにないな……。君の体が……熱くて、どうにかなりそうなんだ……っ』
「(ばかぁ……っ!)」
お嫁にいけない……! 私の人生終わってます……!
私は茂みの中で、誰にも見られないように自身の股間に手を伸ばし、エクスカリバーの熱を沈めるしかなかった。
第一王子派の罠を粉砕し、「氷の覇王」の伝説を学園に轟かせた私。
だがその代償として、私の体と魂は、この変態王子と共に、逃れられない快楽の沼へとさらに深く沈んでいくのだった。




