第10話 「殿下、抱いて!」迫る公爵令嬢と逃げる王子(中身侍女)
ガンガンガンガンッ!!
ひぃぃぃっ!?
学園の特別寮、その最上階にある王子の自室。
重厚なマホガニーの扉が、外からの猛烈なノックで悲鳴を上げている。
「殿下ぁ! ギルバート殿下! 開けてくださいませ、貴方の愛しのベアトリスですわ!!」
ベアトリス様!?
嘘でしょ、本当に夜這いに来たんですか!?
「ひぃっ、待っ、ちょっと待ってください!」
脱衣所の床で、先ほどの「遠隔セクハラ」の余韻にスライムのように打ち震えていた私(中身は侍女)は、弾かれたように立ち上がった。
足が、産まれたての小鹿みたいにガクガクしておぼつきません!
さっきまで殿下に強制的に体力と精神力を削られてたんですよ!?
だが、このまま居留守を使えば、あの肉食系公爵令嬢は扉を力技で爆破してでも侵入してくるだろう。
ふ、服! とにかく防御力のある装備を!
私は慌てて近くにあったシルクのナイトガウンを羽織り、帯をきつく結んだ。
だが、過敏になった胸の先端や肌に上質な生地が擦れるたび、雷属性の継続ダメージのような甘い痺れが腰を駆け抜ける。
「んっ、くぅ……! 布が擦れるだけで、体力が削られますぅ……!」
私は内股になりながら、必死の形相で扉へ向かい、震える手で鍵を解除した。
「遅いですわ、殿下ぁっ!!」
ガチャリと扉が開いた瞬間。
真紅の質量が、私の胸にダイレクトアタックを決めてきた。
「ぐふぇっ!?」
衝撃で肺の空気が……!
ひ弱な王子の体で、その突進を受け止めきれるはずもない。
私はもつれるように後ろへ倒れ込んだ。
ドサァッ! と分厚い絨毯の上に二人が重なって倒れる。
「ああっ、殿下! このベアトリス、夜の帳が下りるのをどれほど待ちわびたことか……!」
馬乗りになったベアトリス様を見上げ、私の思考回路は完全にフリーズした。
彼女が装備していたのは、制服ではない。
肌が透けて見えるほど薄い、防御力ゼロの赤いレースのネグリジェだった。
しかも、その規格外の巨乳は半分以上が布からこぼれ落ちており、深い谷間からはむせ返るような高級香水と、甘いフェロモンが漂ってくる。
お、おっぱ……! また特大スライムが顔面に……ッ! 窒息します!
「さあ、殿下! 昼間の続きをいたしましょう! 私を、貴方の冷たい瞳と情熱的な腕で、滅茶苦茶に蹂躙してくださいませ!」
ベアトリス様は恍惚とした表情で、自らの豊満な双丘を私の顔面に力一杯押し付けてきた。
むにゅんっ! という、暴力的なまでの柔らかさ。
息ができない。このままではおっぱいでデッドエンドを迎えてしまう!
しかし、それ以上に私をパニックのどん底に突き落としたのは、自身の「体」の裏切りだった。
う、嘘でしょ!? やめて、私のバカッ!
ガウンの下で、一度は沈静化したはずの王子の『エクスカリバー』が、再び猛烈な勢いで怒張し始めたのだ。
視界を埋め尽くす圧倒的な柔肌。
鼻腔をくすぐる女の匂い。
なんで!? 中身は女の子ですよ!?
なんでのおっぱいに反応して勝手に『抜刀状態』になるんですか!
男の体の本能、理不尽すぎます!
ガウンの生地を容赦なく押し上げ、硬いテントがベアトリス様の太ももにガンッと当たってしまった。
「あぁんっ……! 殿下ったら、もうこんなに硬くして……激しいのですね……っ」
ベアトリス様は顔を真っ赤に染め、濡れた瞳で私を見つめ下ろした。
そして、彼女のセクハラハンドが、私のガウンの帯へと伸びる。
「だ、だめえぇぇッ!! 」
私は悲鳴を上げ、ベアトリス様の腕を必死に両手で掴んだ。
ここでガウンを開かれたら終わりだ。
下着を穿いていないこと、そして何より、臨戦態勢でそそり立つエクスカリバーを見られれば、王子としての威厳は奈落の底に堕ちる。
ど、どうにかして、このサキュバス令嬢を帰還させないと……!
私は混乱する頭をフル回転させた。
その時、脳裏に閃いたのは、侍女たちの休憩室で先輩たちがよく回し読みしていた『ロマンス小説』の知識だった。
『いい? 男はこういうキザな台詞で女を焦らすのよ。余裕のある男が一番エロいんだから!』という、先輩の熱弁。
今の私なら、王子の完璧な美貌と低音イケボを使って、あの『傲慢な覇王ムーブ』を再現できるかもしれない!
「……ベアトリス」
私は、王子の低い声帯を限界まで震わせ、腹の底から絞り出すように名前を呼んだ。
ビクッ、とベアトリス様の動きが止まる。
私はその隙を見逃さず、掴んでいた彼女の手首を引き寄せ、腰のバネを使って上下の位置をグルンッと逆転させた。
ドサッ。
今度は、私がベアトリス様を床に押し倒し、馬乗りになる形になった。
「ああっ……! 殿下、乱暴……っ!」
私は前髪の隙間から、冷徹に、そして静かに彼女を見下ろす。
お父様、お母様、娘は今から、ロマンス小説の俺様ヒーローになります! お許しください!
「俺は、安い挑発に乗るほど飢えてはいない」
低い、男の色気を孕んだ声。
私は心の中で羞恥心で爆発しそうになりながらも、口角をわずかに吊り上げ、ニヒルな笑みを作った。
「君のような……極上の果実は。もっと時間をかけて、じっくりと、俺のペースで味わい尽くしたいのだ」
言った!
言ってやりました!
気恥ずかしさで舌を噛み切って自害しそうです! 穴があったらマントルまで潜りたい!
私の放ったそのセリフは、王子の端正な顔立ちと相まって、恐ろしいほどの破壊力を持っていた。
『――くくっ、あはははは! 最高だリリア!』
その時、沈黙していた耳元のピアスから、ギルバート殿下の歓喜の声が響いた。
『見事な演技だ! まさか君の口からそんなキザな台詞が出るとはな。感心したよ。……よし、せっかくだ。僕も少し「助け船」を出してやろう』
「(えっ? 助け船? いや、絶対ろくなことじゃないですよね!?)」
私が内心で首を激しく横に振った瞬間。
耳元のピアスが、妖しい紫色の光を放った。
それは、遠く離れた王宮の「開かずの間」から、殿下が展開した黒魔術の波長だった。
『精神干渉と、感覚拡張。対象は、君の目の前にいる発情した雌豚だ』
殿下の残酷で楽しげな声と共に、見えない魔力の粒子がベアトリス様の体を包み込んだ。
「あっ……ぁんっ……!?」
ベアトリス様の体が、ビクンッ!と大きく跳ねた。
「で、殿下ぁ……っ! ああっ、なんて、なんて意地悪で、残酷で、素敵な方……!」
ベアトリス様は顔を真っ赤にして両手で顔を覆い、クネクネとタコのように身をよじらせ始めた。
私の吐息が肌に触れただけで、彼女は「ひゃんっ」と甘い声を上げ、太ももを擦り合わせている。
完全に『魅了』にかかってます! なんですかその魔法!
「極上の果実……っ、時間をかけて、ゆっくりと……っ! 私、私、そんなこと言われたら、もう、どうにかなってしまいますわ……!」
魔術の力で脳がとろけきったベアトリス様は、もはや私を「焦らしプレイを楽しむ究極のサディスト覇王」と完全に錯覚していた。
彼女の瞳には、私が自分を冷酷に支配し、快楽のどん底に突き落としてくれる完璧な魔王にしか見えていないらしい。
「今日は……ええ、今日は殿下のお言葉に従い、引き下がりますわ……!」
ベアトリス様はフラフラとアンデッドのように立ち上がった。
少し動くだけでも布が擦れて敏感な肌を刺激するのか、「んあっ」「くぅっ」と嬌声を漏らしながら、熱に浮かされたような足取りで部屋の扉へ向かう。
「でも、いつか必ず……殿下のその冷たい手で、私を、滅茶苦茶に汚してくださいませね……!」
ベアトリス様は潤んだ瞳で強烈な投げキッスを一つ残し、嵐のように去っていった。
バタンッ。
部屋に、再び静寂が戻る。
「……はぁぁぁぁぁぁ…………」
私は絨毯の上に大の字になって倒れ込んだ。
全身の力が抜けました……。
貞操は守られた。
男としての威厳も保たれた。
でも、私の人間としての何かは確実にすり減りました……。
指先一つ動かせない私に、ピアスの向こうで、殿下が満足げに拍手をしている。
『見事だ、僕の可愛い王子様。あの面倒な公爵令嬢を、演技で完全に調教するとは』
「……殿下の魔術のせいですよね? ベアトリス様、最後の方、明らかにおかしかったですよ。完全に状態異常でしたよ」
『彼女の感度を少し上げてやっただけさ。君のキザな台詞が、より深く彼女の心と体に突き刺さるようにな。これで彼女は、君の指先一つで濡れる従順なペットになった』
サラリと恐ろしいことを言うド変態魔王に、私は涙目で天井を見つめた。
「……もう、嫌です。王宮に帰りたい。隅っこでお掃除だけしてたいです……」
『泣くのは早いぞ、リリア。明日は第一王子派の息がかかった貴族院の茶会に顔を出さなければならない。……さあ、今のうちにしっかり寝ておけ。明日の朝も、僕が遠隔で『気持ちいいモーニングコール』をしてあげるからな』
「……悪魔。この世のすべての理不尽を煮詰めたような大魔王です!」
王族専用の特別寮の誰もいない部屋で、悲鳴にも似た嘆きが夜空に溶けていった。




