第9話 放課後の学生寮。鏡越しの感覚共有
怒涛の、そしてあまりにも理不尽な学園生活の初日が、ようやく終わりを告げた。
全力疾走による物理攻撃で岩の的にヒビを入れた私、リリアは、その後も熱狂する生徒たちから「新たな武闘派魔導師の誕生だ!」「魔導杖を槍として使うなんて、まさに天才の所業!」と神のように崇められ、もみくちゃにされた。
ち、違います! 私はただの脳筋の侍女です!
魔力なんて一ミリもありません!
どうか私をそっとしておいてくださいぃぃっ!
心の中での悲痛な叫びは誰にも届かず、無数の握手と賞賛の嵐をどうにかやり過ごし、私(体は王子)は逃げるようにして学園敷地内にある王族専用の学生寮へと辿り着いた。
「……死ぬ。もう、本当に過労死しそうです……」
豪奢なシャンデリアが輝く、一人で住むには広すぎる個室。
私は、王子の制服を脱ぐ気力すらなく、分厚い最高級の絨毯の上にバフッと膝をついた。
精神力が、とうの昔にマイナスに振り切れています……。
ただ王宮の隅で雑巾がけをしていただけの普通の侍女には、学園という名の魔窟はレベルが高すぎました……。
朝の登校時の股間暴発危機から始まり、授業中の遠隔羞恥プレイ、強力な魔導バイブの快感に耐えながらの『ジャイルズ背負い投げ』、そして極めつけは、巨乳令嬢ベアトリス様から叩きつけられた『夜這い宣言』。
お父様、お母様。リリアの人生は、今日一日だけで三年分くらい寿命が縮んだ気がします……。
「……とりあえず、お風呂。土埃と、この変な冷や汗を流さないと……」
私は這うようにして立ち上がり、個室に備え付けられた専用の浴場へと向かった。
大理石で作られた広い湯船には、すでに適温のお湯が張られ、リラックス効果のある高級ハーブの香りが漂っている。
慣れない男の制服の複雑なボタンに四苦八苦しながら脱ぎ捨て、私はそっとお湯に浸かった。
「はぁぁぁ……生き返りますぅ……。お湯の温かさだけが、今の私の唯一の味方です……」
温かいお湯が、限界まで張り詰めていた王子の細い筋肉をじんわりと解きほぐしていく。
男の人の体を洗うのにはまだ慣れません。
……特に下半身のエクスカリバーなんて、怖くて直視できませんから、薄目でササッと洗うしかないんです。
でも、このお湯に浸かっている瞬間だけは、完全な絶対安全地帯……。
目を閉じ、大きく息を吐き出す。
だが、その至福の休憩時間は、わずか十秒で無残に粉砕された。
『――お疲れ様、僕の可愛い影武者殿』
耳元のピアスから、脳髄を直接撫でるような悪魔の囁きが響いた。
「ひゃいっ!?」
湯船の中でビクリと跳ね上がり、慌ててお湯の中に肩まで沈み込んだ。
『素晴らしい活躍だったよ。まさか魔法の実技で、物理で的を突っ突くとはね。おかげで僕の評価はうなぎ登りだ。愚かな兄上たちも、僕が未知の闘気を身につけたと勘違いして、無駄に警戒を強めているだろう』
「で、殿下ぁ……もう勘弁してください。私、今日は一歩も動けません……体力は完全にゼロです……」
涙声で懇願するが、ギルバート殿下(体は侍女)に慈悲という概念は存在しない。
むしろ、獲物が弱っている時ほど嬉々として牙を剥く、生粋のドS魔王だった。
『疲れている君に、とっておきのご褒美をやろう。……さあ、お湯から上がって、鏡の前に立ちなさい』
「え? かがみ、ですか? い、嫌ですよ、私まだお風呂に入ったばかりで……」
『立て。それとも、ベアトリスが襲撃してくる前に、君の体の秘密を、王宮中にバラされたいか?』
その一言で、私は弾かれたようにお湯から上がり、濡れた体にバスタオルを羽織って、脱衣所の鏡の前へと向かった。
悪魔! 鬼! ド変態王子!
私の社会的な命を人質に取るなんて、王族の風上にも置けません!
壁一面に据え付けられた、アンティーク調の巨大な全身鏡。
そこには、濡れた銀髪から水滴を滴らせ、疲労で少し隈が濃くなった、しかし見目麗しい「第三王子」の姿が映っている。
『タオルを取れ。一糸纏わぬ姿で、鏡をよく見ろ』
絶対的な命令に逆らえず、私はガタガタと震える手でバスタオルを床に落とした。
鏡の中に、王子の華奢でありながらも均整の取れた全裸が露わになる。
ううっ……自分の顔ならまだしも、殿下の顔で全裸だなんて……。
それに、『エクスカリバー』がぶら下がっているのを見るだけで、乙女の恥じらいがカンストして爆発しそうです……。
股間の「エクスカリバー」は、今は大人しく鞘に収まって眠っているが、朝の暴走を思い出すだけで私の顔に火が灯る。
「……立ちました。これで、いいんですか……?」
『ああ。……そうだ実はね、今、僕も「開かずの間」の姿見の前に立っているんだ』
ゾクリ、と。
私の背筋を、氷結魔法と火炎魔法が同時に駆け抜けたような悪寒が襲った。
えっ!? 今、なんて言いました!?
「もしかして……脱いでたりしませんよね!? 私の体で!」
『当然裸だ。君の体は本当に美しい。無駄のない筋肉を覆う、極上の純度を持った脂肪。張りのある柔らかな胸、くびれた腰、そして……この、まだ男を知らないシークレット・エリアが』
ツゥー……。
その瞬間、私の胸の先端に、ぞっとするような甘い電流が走った。
「あ、ぁッ……!」
私は鏡の前で、自分自身の胸を抱きしめるように身をよじった。
直接触られているわけではない。
だが、魂を繋ぐ『感覚共有』の魔力パスを通じて、殿下が「私の本来の体」の乳首を、指の腹で優しく、そして執拗に転がしている感触が、脳の奥底に直接響いてくるのだ!
あああああ!? だめ、胸の奥が、ジンジンして……!
私の大切な体を、自分勝手に弄らないでください!
『鏡を見ろ、リリア。そこに映っているのは男の体だが……君が今感じているのは、間違いなく「女としての悦び」だろう?』
「ち、違います……! 私は感じてなんかッ!」
涙ながらの抗議を完全に無視して、殿下のドSな遠隔愛撫はさらにエスカレートしていく。
指先が胸の谷間をなぞり、平らな腹部を這い下り、太ももの内側を撫で上げる。
そして、最も熱を帯びた絶対領域のさらに奥へと、容赦なく指が滑り込んだ。
クチュッ。
いやらしい水音が、ピアスの向こうから微かに聞こえた気がした。
「ひぃッ! あ、だ、だめ、そこは、自分で触ったこともないのに……ッ!」
『嘘をつけ。僕が少し触れただけで、すぐにスライムのように濡れる。……ほら、君の「今の体」も、極めて正直に反応しているぞ』
言われて、私は鏡の中の自分――王子の下半身を見た。
う、嘘でしょ……!?
先ほどまで大人しかった王子の『エクスカリバー』が、恐ろしいほどの硬さと熱を持って、ピンと上を向いて猛烈に跳ね上がっていた。
女性としての本能的な快感が、男性の肉体の生理現象を強制的に引き起こしているという、究極の倒錯状態。
なんで!? 私、中身は女の子ですよ!?
感じているのは『あっちの体』なのに、なんで『こっちの体』の剣が勝手に抜刀されてるんですか!?
『夜に向けての「準備運動」だ。ベアトリスが来るんだろう? あの肉食獣に触れられた瞬間に君が暴発してしまわないよう、今のうちに溜まった熱を抜いておくんだ』
「い、いやだ……こんなの、私じゃない……っ。私の体は、こんなに淫らじゃ……っ」
『君だよ、リリア。さあ、自分の手で握れ。僕が君の極上の女体を可愛がるのと同じペースで、君もその剣を慰めるんだ』
む、無理です! そんな破廉恥なこと、騎士の娘として絶対に……!
そう思っているのに。
私の細い手が、強力な操り魔法にでもかけられたかのように、恐る恐る自分の股間に生えた熱い異物を握りしめた。
「くっ。騎士の娘として、絶対に屈しない…、んぁッ!?」
握りしめた瞬間、その焼け付くような熱さと、ドクドクと脈打つ生命の躍動感に、私の頭の中が完全にホワイトアウトした。
あ、熱い……! 男の人って、こんな熱を隠し持ってたんですか!?
それと完全に同期して、ピアスの向こうで、殿下の濡れた指が私の最奥のダンジョンを深く抉った。
『そうだ。上下に擦れ。……ああっ、君の体の中、すごく温かいよ。僕の指を、飲み込んで離さない。まるで食虫植物のようだ』
「あっ、あぁっ! 殿下、でんかぁっ! おかしく、なっちゃう……ッ!」
私の右手が、王子のエクスカリバーを不器用に、しかし本能の赴くままに扱き始める。
お父様、お母様、ごめんなさい!
私、自分の手が止められません!
頭ではダメだって分かっているのに、送られてくる快感が強すぎて、理性の結界がドロドロに溶けていきます!
鏡の中には、美しい美少年の顔が、快楽でだらしなくとろけ、自らを慰めている姿が映っている。
だが、その喉から漏れるのは、完全に発情した雌の、甘ったるくも悲痛な喘ぎ声だった。
『いいぞ、リリア。僕の体を通して、男の快感を知れ。そして女としての悦びも同時に味わえ。君は僕の最高の共犯者だ』
「あ、ぁ、ダメダメッ、私、あッ、あーーーーッ!!」
殿下の指が敏感なスポットを激しく突いた瞬間。
私(女の体)は雷属性の極大魔法を食らったような絶頂を迎え、それと完全に同期して、私(王子の体)に稲妻が、激しく駆け巡った。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ……」
ビクビクと痙攣しながら、私は脱衣所の床にへたり込んだ。
終わった……。
私の理性も、矜持も、すべてがこの脱衣所の床に散りました……。
男としての快楽の感覚。
それは、魂そのものが搾り取られるような強烈な脱力感と、一生拭い去れないであろう背徳感を、私の心と体に深く、深く刻み込んだ。
『……よくできました。これで、少しは余裕を持ってベアトリスの相手ができるだろう』
ピアスから、心底楽しそうな、満足げな殿下の声が聞こえる。
私は涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆い、ひっく、ひっくとすすり泣いた。
「最低です……私、もうお嫁に行けません……こんな、男の人みたいなこと、しちゃって……」
『僕が責任を取って一生飼ってやるから安心しろ。君は僕の最高の玩具……いや、最強の盾だからな。……おっと、噂をすれば』
ドンドンドンドンッ!!
静寂を引き裂くように、個室入口の重厚なドアが、親の仇か攻城兵器のように乱暴にノックされた。
時刻はすでに夜の帳が下り、月が中天に差し掛かろうとしている頃。
「ギルバート殿下ぁ! お約束通り、ベアトリスが愛の夜這いに参りましたわ!! さあ、愛の扉を開けてくださいませ!!」
ドアの向こうから、獲物を完全にロックオンした肉食獣の、甘ったるくも腹の底から響くような声が轟いた。
「ヒッ……!?」
き、来ました! ラスボスの襲来です!
『さあ、第二ラウンドの始まりだ。頑張って「男」を見せろよ、リリア。僕も特等席で観戦させてもらうよ』
絶頂の余韻と自己嫌悪で、立ち上がることすらままならない私。
無情にも魔導通信はブツリと切れ、部屋には荒れ狂うドアノックの音だけが、死刑執行のドラムロールのように響き続ける。
だ、誰か助けて……! 肉食獣のおっぱいに食い殺されますぅぅっ!!
私の貞操の危機は、終わるどころか、いよいよ本当の地獄の本番を迎えようとしていた。




