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『詫びの品』として敵国に嫁がされて居場所がない! そう思っていた時期が私にもありました、一夜だけ  作者: 緋色の雨


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努力の対価、約束の代償 3

 グライフナー領の六芒殿を浄化することになった。

 だけど、六芒殿に立ち入るには、六芒領主の同行が必要となる。

 つまり、私が白雪の聖女であるとルートヴィヒにもバレる。それも覚悟の上だったのだけれど――フリーダが一歩まえに出る。


「私が連れてきた部隊には、ルートヴィヒに従うように命じてあります。この地を護るのに役立ててください」

「ん? 援軍は助かるが、俺はノエル皇妃殿下を六芒殿に案内する必要がある。俺が再編中の部隊と併せて、おまえに救出部隊の指揮を執ってもらおうと思っていたんだが……」

「いいえ、状況を把握していない私よりも、領主である貴方が率いるべきでしょう。六芒殿には私が同行しますので、貴方は部隊の指揮を執ってください」

「六芒殿に、おまえが……?」


 ルートヴィヒが困惑する様子を見せた。


「六芒殿の立ち入りには皇帝か六芒領主の同行が必要になる。私でも問題ないはずです」


 あ……そうか。

 フリーダが六芒殿に同行してくれれば、ルートヴィヒに私の正体がバレることはない。

 さすがフリーダ、頼りになるわ。


 しかも、これならルートヴィヒは部隊の指揮をすることが出来る。そういった意味でも妥当な提案だ。

 ルートヴィヒも同じ結論に至ったのか、小さくうなずいた。


「いいだろう。フリーダ、おまえに六芒殿への立ち入りを許可する。ノエル皇妃殿下を連れて、六芒殿の浄化に向かってくれ」


 ルートヴィヒは決断を下し、近くにいた女性の騎士に視線を視線を向けた。


「……イルマか。重要な任務だ。彼女らを六芒殿まで案内できるか?」

「問題ありません」



 こうして、私とフリーダはグライフナー領の六芒殿へと向かう。ルートヴィヒが案内役にイルマという女性の騎士を付けてくれたので、私たちは城内に問題なく入ることが出来た。

 続けて案内されたのは、城の最奥にある地下へと続く階段。


「どうぞ、ついてきてください」


 イルマが階段を降り始める。

 地下へと続く急勾配の階段。私は彼女の後に続き、背後をフリーダに護られるような形で降りていく。

 コツコツと階段を降りる音だけが響いた。


「ノエル皇妃殿下は、本当に六芒殿の浄化を一人でなされるのですか?」


 イルマの声が階段に響いた。


「ええ、そのつもりよ」

「優秀、なのですね」


 褒め言葉。

 だけど、少し空気が重いように感じる。


「ノエル皇妃殿下ほどではありませんが、私の妹も優秀で、立派な聖女になって、いつかこの国を救うんだって、がんばっていました」


 空気が重い理由はこれね。

 がんばっていた。そのセリフは過去形だ。


 騎士に護られているとはいえ、絶対に安全ということはない。だから、聖女も護身の術を身につける。

 それでも、聖女から死傷者が出ることは珍しくない。彼女の妹も、なにかしらの不幸に見舞われたのかもしれない。

 そう思っていたから――


「なのに、妹の夢はある男にぶち壊された」

「ある男って――っ」

「――ノエル皇妃殿下!」


 いきなり、背後からフリーダに抱きすくめられた。それと同時、前方を歩いていたイルマが振り返り、腰に下げていた剣を引き抜いた。

 フリーダもまた、私を護るように剣を抜いている。


「どういうつもりです!」

「フリーダ様、動かないでください。いくら貴女が強くとも、この狭く不安定な足場で、皇妃殿下を護りながら戦うのは手間でしょう?」

「……っ」


 フリーダが息を詰まらせた。

 たしかに、この狭い空間で戦うのは難しいだろう。でもそれは、私を護りながら戦った場合だ。


 フリーダの足を引っ張るつもりはない。私も聖女である以上、護身の手段は持っている。――と、スカートの下、太股に忍ばせている短剣を意識する。

 ……でも、戦うのは最後の手段かな?


「ねぇ貴女、どうしてこのような真似を?」

「分かりませんか?」

「……予想は付くわ。私の兄が原因ね?」


 ある男に妹の夢をぶち壊された。

 イルマの話には心当たりしかない。


「そうです。私の妹は貴女の兄に弄ばれ、聖女としての力を失いました」


 技術交流の被害者。

 イルマが私に剣を向けるのは、妹を傷付けた男の関係者だから。


「兄が大変申し訳ありませんでした。王太子の妹として、心よりお詫び申し上げます」

「口だけの謝罪など必要ありません。それより、なぜ妹をあのような目に遭わせたのですか? 同じ国の人間、妹ならば、兄の性格くらい知っていたはずです!」


 あぁ……と、ここに来て私は、彼女の怒りの矛先を理解した。彼女は私が加害者の妹だから怒っているんじゃない。加害者を止めなかった同類として、私に怒っているのだ。


「ごめんなさい。信じてもらえないと思うけど、私はなにも知らなかったの」

「は?」


 案の定、彼女の顔に怒りが滲んだ。


「技術交流があったことは知っているわ。でも、実際に聖女が来ていたことも、その聖女が兄と会っていることも知らなかったのよ」

「そのような言い訳が、通じると思っているのですか!?」

「信じられなくても仕方ないわ。でも、事実よ。私はあの日、おまえにはレイヴェル皇国に嫁いでもらうと言われて初めて、なにがあったのかを知ったのよ」


 その事実を告げると、背後からもフリーダの息を呑む音が聞こえてきた。


「ノエル皇妃殿下は、それまで王太子の愚行を知らなかったのですか? 兄妹、なのですよね?」


 そう問い掛けるフリーダの声は少し震えていた。


「私は婚外子で、家族と認められていないの。兄にも嫌われていたし、兄が普段どのようなことをしているのかなんて、知りようもなかったわ」

「そんなことって……っ」


 フリーダには理解できないみたいだ。

 この国は、血縁を大切にすると言っていたものね。


「皇国では血縁を大切にするのよね。でも、アシュタル国ではそうじゃないわ。少なくとも、私は家族に愛されてなんていなかった」

「そんな。そのような扱いを受けていらしたなんて……」


 フリーダは自分のことのようにショックを受けてくれるのね。そんなふうに親身になってくれて嬉しい。


「……それは、本当のこと、なのですか?」


 イルマは半信半疑と言ったところかしら?


「事実よ。必要なら調べてみなさい。それとも、聖女の誓いを使って証明しましょうか? いまは聖力に余裕がないけど、後日なら応じてもかまわないわ」


 聖女の誓い。

 聖女が使える、女神に誓いを立てる儀式魔術だ。

 あまりこういったことで使うべきじゃないんだけど、貴女がそれを必要とするのならと提案する。

 だが、その言葉こそが、私の話が真実だという証明になったようだ。


「私は、妹と同じ被害者に、なんてことを……」


 イルマは階段の上にへたり込んだ。


「……ノエル皇妃殿下も、あの王太子と同じように好き放題しているとばかり思っていたのに。私はなにをやっているのだ……」


 ショックだったようね。

 でも、イルマの気持ちも分かる。


 兄は詫びの品と称し、私に責任を押し付けて逃げた。つまり、私に責任が移っているような状況だ。

 だからこそ、イルマも私に責任を取らせようとした。なのに、その私もただの被害者だった、なんて言われても困るだろう。

 そんなふうに考えていると、フリーダが私を庇うように前に出た。


「イルマ、貴女の妹のことは残念に思うわ。その件で、ノエル皇妃殿下に恨みを向けることも理解する。私たちは皆、同じ思いだったから」


 フリーダはイルマに同調する姿勢を見せた。

 けれど、次の瞬間には「だが――」と口にする。


「ルートヴィヒは貴女を信じて案内役を任せたのよ」

「なにを、おっしゃっているのですか?」


 イルマは理解できないと言いたげだ。


「分からない? あのときのルートヴィヒを思い出してみなさい」


 ……そう言えば、あのときのルートヴィヒは少し妙だった。

 イルマの名前を呼び、重要な任務だと念を押した。

 ただ案内をさせるだけなのに。


 ……ああ。じゃあ、フリーダの言ってることは本当なんだ。

 ルートヴィヒは、イルマが聖女の姉であることを知りながら、私の案内役を任せた。

 私怨を晴らさせるため、じゃない。イルマなら、国のために私怨を呑み込めると信じたからだ。


「なのに、貴女は復讐に囚われ、領地を救うために派遣された聖女に危害を及ぼそうとした。それは、ルートヴィヒの信頼を、この地を守る騎士の想いを、貴女の妹の夢を、踏み躙る行為よ。だから――」


 フリーダがゆっくりと剣を振り上げた。

 まさか、ここで断罪するつもり!?


「――待ちなさい、フリーダ!」


 慌てて叫ぶ。

 でも、フリーダは止まろうとしない。


「ここで――死になさい」


 剣を振り下ろす。それより一瞬早く、私は距離を詰め、素早くフリーダの剣を奪い取った。

 それに気付いたフリーダが目を見張った。


「……え? えぇっ!? いまの一瞬で、私から剣を……? どうやったのですか?」

「そんなことより、私は止めなさいと言ったでしょう?」

「そ、そんなことではありませんよ!? 私から一瞬で剣を奪うなんて、熟練の騎士でも――」

「いいから。とにかく、殺すのはなしよ」

「しかし、イルマは任務を最悪の形で投げ出しました。それは決して許せることではありません!」


 それは分かる。

 だけど――と、続けようとするが、それより先にイルマがフリーダに同調した。


「フリーダ様のおっしゃるとおりです。どうか、私を殺してください」

「いい覚悟ね。ならば私が――」

「いい覚悟ね、じゃないのよ」


 フリーダの額に手刀を叩き込んだ。

 ビシッと小気味よい音がして、フリーダは「くぅん」と鳴き声を上げた。私に叩かれたのがショックだったのか、捨てられた子犬のような顔になっている。

 私は溜め息を一つ、フリーダに新たな指示を出す。


「この話は後回しよ。優先順位を間違えないで。まずは六芒殿の浄化が先でしょう。いまの貴女は六芒領主であるまえに、私の侍女なんだからね?」

「はい、かしこまりました!」


 フリーダは一瞬で元気になった。現金すぎである。

 私はそんなフリーダから視線を外し、座り込んだままのイルマに視線を向ける。


「貴女も、早まった真似はしないように。正式な沙汰が降りるのを待ちなさい」

「はい、かしこまりました」


 しおらしい返事。

 これなら、後回しにしても大丈夫だろう。


 私とフリーダはイルマの横を通り抜け、六芒殿へ向かう転移の魔法陣の前に到着する。


「ここがそうですね。ノエル皇妃殿下、準備はよろしいですか?」

「ええ、もちろん」


 力強くうなずけば、フリーダが魔法陣を起動する。こうして、私はグライフナー領の六芒殿の中へと足を踏み入れた。

 

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