努力の対価、約束の代償 2
近くにいた年配の女性にアンナを預け、私は広場の片隅にある木の幹に寄り掛かった。
いままでだって、似たようなケースには何度も遭遇している。私を護るために、騎士が目の前で犠牲になったことだってある。こういう状況には慣れているはずだ。
慣れているはず、だったんだけどな……
「お嬢ちゃん、ずいぶんと顔色が悪いね。ほら、水を飲みなさい」
私の様子に気付いたのか、若いお姉さんがコップを差し出してくる。
「ありがとう、ございます」
その水をぐいっと飲み干す。
水は温かったけれど、私の中にある苦しみをわずかながらに押し流してくれた。
「酷い惨状でしょ?」
「そう、ですね。何度もこういう光景を目にしてきましたが、いまだに慣れそうにありません」
「何度も? ……そっか、貴女は聖女様なのね」
「ええ、そうです」
「もしかして、ルードの街の救援に向かった部隊に同行していたの?」
お姉さんが詰め寄ってくる。
「いえ、そういう訳じゃありませんが……」
なにかしら? お姉さんの目の奥に、どこか必死さが滲んでいるような……?
「……そっか。夫がその部隊の殿をしたと聞いたの。あの人が立派に役割を果たしたのか知りたかったんだけど……違うなら仕方ないわね」
ひゅっと、息が零れた。
「……もしかして、貴女はアンナちゃんの」
少し離れた場所に視線を向ければ、そこにアンナが座っていた。
あの子供と、目の前のお姉さん。
顔立ちが、似ている。
「ええ。あの子は私たちの娘よ。いつかこんな日が来るかもしれないと覚悟していたわ。けど、あの子は状況を理解していなくてね。あの子に、なんて言えばいいか……」
悲痛な声。
なんて言えばいいか分からないのは私の方だよ。
「……ごめんなさい」
「あら、貴女はルードの街へ向かった部隊とは関係ないのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「なら、貴女が気に病む必要なんてないわ。それに、たとえ貴女が関わっていたとしても、聖女を護るのは兵士の仕事の一つだもの。貴女は気にせず、自分の役目を果たせばいいのよ」
「……そう、ですね」
悔やんでも過去は変えられない。だけど、少しでも良い未来を目指して頑張ることはできる。
「お姉さん、お水、ありがとうございました」
「どういたしまして。……少しは、吹っ切れたようね」
「ええ。私は、私に出来ることをします」
こんな悲劇を繰り返さないために。
覚悟を胸に顔を上げると、ちょうど私を探しているとおぼしきフリーダの姿が目に入った。私はお姉さんに別れを告げて、フリーダの元へと駆け寄る。
「ルートヴィヒは見つかった?」
「ええ。部隊を再編中のようです。いまからそちらへ向かいましょう」
城の広場にある片隅、そこでルートヴィヒは兵士たちに指示を飛ばしていた。
遠くの空には黒煙が上り、兵士たちはそれを険しい顔で見つめている。せわしなく動く兵士を横目に、私たちはルートヴィヒの元へ向かった。
「ルートヴィヒ」
「ん? あぁ、フリーダか。援軍を連れてきてくれたそうだな」
「騎士と聖女、なによりノエル皇妃殿下もいらしていますよ」
「……ノエル皇妃殿下か」
彼は私を一瞥した後、そっと息を吐いた。
「悪いな。本来なら盛大な歓迎をするべきなんだろうが、見ての通り非常時なんだ」
その言葉には、おまえにかまっている暇はないという皮肉が込められている。それに気付いたフリーダが身を震わせる。
私は手を伸ばしてフリーダを諌めた。
「かまわないわ。私がここに来たのは、聖女としての役目を果たすためだもの」
「六芒殿の浄化か。フリーダの連れてきた聖女に頼むつもりだったんだが……」
ルートヴィヒは遠回しに、私の申し出を断ろうとした。けれどフリーダが、「残念ながら、私が連れてきた聖女はそこまで多くありません」と答えた。
「だろうな。……ノエル皇妃殿下、本当に一人で六芒殿の浄化が可能なのか?」
「もちろんよ」
胸を張って答えるが、ルートヴィヒの反応は思わしくない。
「口だけならなんとでも言える。実際、あんたの前に来た聖女も口だけは達者だった。だが、いざ戦場に出たらなにも出来ず、そのせいで彼女を護る騎士に被害が出た」
私の前に来た聖女?
「……技術交流で派遣された聖女が、グライフナー領を訪れたの?」
「あれを聖女と呼ぶのかは疑問だがな」
ルートヴィヒはそう吐き捨てる。
よほど嫌な思いをしたのだろう。その瞳の奥には明確な憎悪が浮かんでいた。
そうか。兄が弄んだ聖女はルートヴィヒの領の出身だって話だったわね。
その関係で、技術交流でこの国に来た聖女は、グライフナー領に足を運んだのだろう。
つまり、自分たちが派遣した聖女は私の兄に弄ばれ、代わりに来た聖女は自分たちの領地で好き放題して、騎士にまで被害を出した、と。
どうりで私が警戒される訳ね。
「今回は、私が失敗しても護衛が傷付くようなことはないでしょう?」
「だが長引けば被害が増える」
「それは……」
「もしかしたら、あんたは本気なのかもしれない。だが、信じて裏切られれば仲間が犠牲になる。だから、軽い気持ちなら止めてくれ」
あぁそうか。
ルートヴィヒは私を軽視しているんじゃない。自分の仲間を大切に思っているんだ。だから信頼関係にない私は使えないと、そう言っているのね。
その気持ちは、私にも分かる。
「……広場で女の子を見かけたの。兵士のお父さんが帰ってこないって。私は、そんな悲しい出来事を少しでも減らしたい。だから、軽い気持ちなんかじゃないわ!」
これは感情論だ。
私の実力を示す保証にはなってない。
ルートヴィヒは私を見て、フリーダを見て、最後にもう一度私を見た。
「一度だ。一度だけおまえを信じる。だから、必ず六芒殿を浄化してくれ」
「ええ、私に任せなさい!」




