難航
年が明けた。
大永八年(一五二八)正月七日『二水記』
『伝聞、武家為御方違渡御東福寺云々、和睦事雖有其沙汰、於箭軍者毎日有之云々、』 和睦の話が進んでいる。「於箭軍者毎日有之云々」矢のように毎日軍使が両軍を行き交っている、ということか?
(一戦すればよかろう!! 必ずや、阿州公方とやらを追ってみせるわい!!)
味方でひしめく東寺で、朝倉宗滴は、髀肉の嘆を託っていたのではないか。
この老将は、明応九年(一五〇〇)の六角高頼と近衛政家との政談の際には、すでに成人している。だが生涯を、加賀門徒や周辺国の叛徒を鎮圧することに傾けた武人には、この政局、いや、戦局が、歯がゆくてならない。
鷲尾隆康の聞いた噂では、幕府軍は十万、四国軍は二万程度だという。さすがに両軍公称だろうが、その倍率だけは本当だったのではないか。桂川原の戦いから、半年以上経過しての上洛戦だ。その間、一向に入京しない堺公方に、諸大名の信任は低下し、供出する兵力が減少していただろう。
つまり、この戦いは、どちらが(義晴と義維)征夷大将軍か全国に問う性質を帯びており、その答えは、十中七か八は江州公方に傾いている。
なのに、重要な政局でもあるこの戦局にあって、髙国─義晴軍が選んだのは「和睦」だ。どうしても、桂川合戦で暗躍していた反乱因子がそろって義稙とよしみを通じていた面々であったこともあって、西国の義稙派との決裂を避けようとしていたのではないかとかんがえてしまう。
だが、この和睦交渉さえ、難航した。正月の内に、四国勢の柳本賢治(丹波波多野氏)が和睦に反対、同じく反対派の三好政長とともに、本圀寺の陣所を焼き、撤退している。柳本賢治には、髙国に兄弟の香西元盛を殺害された恨みがある。このため、和睦交渉には、髙国と晴元の和睦や、あるいは、晴元が髙国の養子になるといった内容が含まれていたのではないかという説もある。晴元、十四歳、京兆家の髙国に阿波細川家の晴元が入るのなら、話がスッキリする。
おそらく、この線で進んでいたのだろう。定頼も、さんざん骨を折ったものと思われる。あるいは、この時の骨折りで、向後の方針を決したのかもしれない。
近江六角氏にとって、京極氏─浅井氏、という獅子身中の虫がいる。そして、尼子氏が出雲守護に公認され、旧義稙派のよしみで京都への圧力に参加している。本稿では、浅井久政(母尼子氏娘)が、浅井氏と京極氏、そして尼子氏(京極庶流)を結ぶ鎖の環だとしている。
浅井久政が生まれたのは、大永六年(一五二六)だ。つまり、妊娠期間を含めれば、どうも、大永五年には、父浅井亮政に、尼子氏娘が嫁いでいたことになる。
そして、ちょうどそのあたりから、浅井氏が北近江国人衆の盟主に担ぎ出され、京極氏麾下の猛将として、周囲に威を振るうようになるのだ!!
あまりに、無視するには、合致することが多すぎる。
だから、義晴と義維が手切れとなり、両者の亀裂が決定的になれば、義維背後の旧義稙派が室町幕府に背く事態になる。その時には、近江も南北で両断される可能性がある。六角氏だけでは、その都合で政局を動かすのは難しいだろうが、六角義実という義晴の兄がいる。
六角氏の意向が反映された和平に流れるのは、当然だった。しかし、義晴も満十六歳の血気であり、味方が多勢となれば、和平に反対したのではないだろうか。
「ーー恐れながら、ここで堺公方を追ったところで、阿州へ、あるいは他の西国へ逃れ、いたずらに乱が深刻化するばかりでございましょう」
定頼も、言いつのったのではないか。
「それはかつて、十一代義澄公と十代義稙公が争われた政局の再現でございます。すでに幕府の信が問われる今日、ここで阿州公方との決定的手切れとなれば、申し上げにくきことなれど、幕府の瓦解とてあり得ぬことではございませぬ」
拳と言葉に、力を込める。
「すでに世は麻のごとく乱れ、主従の間は引き裂かれております。われらが着手すべきは、対立と分断ではございませぬ」
「どうせよというのか」
「弥縫」
取り繕い、つぎはぎだらけになろうとも、全国を再び幕威に服させる・・ーー
「御身の内書と上洛に応え、何はともあれ諸大名がこれだけ合力した事実を顧みてくだされ・・幕威は依然失われておらず、全国を服させることは決して夢物語ではございませぬ」
彼の遙かな先祖も・・道誉法師と呼ばれた人物も、尊氏か、義詮かの面前で、このような面持ちをする瞬間を持ったのではないか。
「六角家は、火中の栗のごとき窮境に置かれている幕府ではなく、地異を鎮める要石のごとく粛然した威儀に仕えとうございます!!」
「ーーーーーー」
決戦に逸る若き将軍をいさめつつ、蒲生対い鶴御所の宰相は、別の目論見も進めていく。
細川晴元を懐柔するのだ。
晴元と定頼との蜜月関係は、向後の政局の進展に沿って自然に展開した、とも捉えることができる。
その一方で、定頼から、意識的に、距離を詰めた可能性もあるのではないか。
(晴元をこなたへ抱き込む)
あからさまに言えば、そういうことだ。晴元を、堺公方ではなく、義晴に仕える人間にする。
「奇術だぞ」六角義実は、宰相の言に、目を丸くした。
「針の穴に糸を通す計略なれど、そもそも、両公方の確執を棚上げし、その上で、阿波細川家を味方につける術策は、他にはなく」
そう言葉を紡ぐ定頼の顔も、強ばっている。
「四国の鎮守たる阿波細川家は、どのみち、大内や京極の上洛を防ぐ海防の徒として、味方につけねばなりませぬ」
出雲守護・尼子経久・・雲州の狼!! これが、後門の狼だ。
前門では、阿波公方という猛虎と対決しつつ、この狼に侵入されるのを防がなくてはならない。
「あやつらが瀬戸内の戸を閉ざすのなら、畿内は、江州は安泰、安んじて京極の浅井のに当たることができまする」
「しかし、晴元は、阿波の公方を戴いておる」
「不幸中の幸い、あれとの縁談はまだ破談になってはおりませぬ。ーー此度の堺公方の入京が延び延びになったことで、諸侯は義維めの信を問うております・・このまま、義維の信用を失わせ、あれを江州公方(義晴)に転ぶよう調略いたしまする」
「できるか!?」
「今の・・手持ちの駒では、不可能です」宰相は、蚊の鳴くような声を出した。「晴元を江州公方へ転ばせるには、あれに、それに見合う栄爵を加えてやらねばなりませぬ」
「ーーーーー」
二人の意気がぶつかり合う俎上へ、定頼は、そっと、条件を提示した。
「京兆家の家督」
正月二十八日、柳本賢治と三好政長が撤退。政長は、この和睦を主導したのが元長であったため、彼の手柄を加えるのをよしとせず、和睦に反対・・長慶に殺されるだけの憎悪は買っているのだ。
別の見方をしてみよう。政長の父長尚は、じつは、船岡山合戦(一五一一)では、義稙が京都奪還できる手助けをしたのではないかと言われている。つまり、義澄─細川澄元陣営を裏切っているわけで、これは話すとますますこんがらがるので省くが、三好之長(長尚の兄)もこれに同心し、義稙方に付いていたという(澄元も、イコールで阿波細川家の上に君臨していたわけではないということだ)
つまり、船岡山合戦で活躍した大内義興や尼子経久とともに行賞に預かった人間で、細川髙国被官・丹波国山国荘の代官になっている。政長の父は、義稙派と太いパイプがあるのだ。長尚は、船岡山合戦の後、在京していたと言われている。
政長は、それだけ、大内や尼子ら旧義稙派で畿内に揺さぶりをかける計略に深く関わっており、それだけ、これら後援者の圧力、存在感を高く買っていた。一方で、元長は桂川合戦には、阿波で海部氏という豪族と争っており、不参加。それだけに計略に深入りするところが少なかった。
この差違が、両者の方針の違いになったのではないか。政長は、大内や尼子らの圧力を信じ、元長は、これに対して現実の戦力の差を重視し、和睦を進展させた。この場合の和睦は、大内・尼子・山名ら背景勢力への背信に他ならない。
こうして、政長は京を去った。
両者、かくも多くの背景や事情を抱えて、干戈を突きつけ、和睦交渉に臨んでいる。和議は容易にはまとまらず、三月にまでずれ込んだ。そうこうする内に、大変なことが起こる。
幕府軍から、朝倉勢が陣を引き払い、撤退したのだ。
「太郎左衛門尉(宗滴)殿」定頼は、目を剥いただろう。朝倉勢は、およそ一万、幕府軍の主翼を担っている。
「どうか、お考え直しを。勝てる軍ではござらぬか」
そう言われて、五十五歳の老将は、血管の浮き出る目を向けた。「その勝てる軍で、昨年来右往左往しておるのは、どういうわけじゃ」「ーー」宗滴も、この和睦に関わっており、一向に進まない交渉に、面目を失してた。ーーそれ以上に、彼は、主戦派だったのではないか。まあ誇張はあろうが、三十万を超えるという一向一揆勢を、朝倉勢一万一千で撃退した、伝説的な将軍なのだ(九頭竜川の戦い)
「鼻先に勝勢紛れもない軍がある。だのに、手を出さなんだは、武将なぞお呼びではない、ということじゃ」
「言うたでござろう。四国勢の背後に恵林院殿義稙公の遺徳があり、それになびく西国勢がおるのは必定、しかし、桂川での一戦来、義維も輿望を落としております。今、潮はわれらにある」
「こうして大軍が鋭鋒を鈍らせておれば、必然、勝機も失うわい。ーーそも、落としどころを探っておるのは、公方の御意か、六角の都合か」「ーーー」宗滴は、かぶりを振る。「大樹おはされる以上、わしは、公方のために軍をしたい。朝倉家は同じ御所様を奉じる同盟なれど、お日様が出ておるのに月を仰ぐ酔狂はない。四郎(定頼)殿」
老将は、蒲生対い鶴御所の宰相を見る。
「正閏を違えなさるな。われらが主君は大樹そのひとぞ」
朝倉勢は、撤兵した。
幕府軍は、主力の一翼を失う。これで、和睦における圧力も減少してしまうが、それどころではない。
一週間後に、三好元長も、四国へ帰ってしまった。
和平交渉は、頓挫した。




