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子不知

 義実満十歳。永正十七年(一五二〇)五月五日、等持院の戦い。

 (六角の御所様が天下に号令するやもしれぬ!! ものども、後れを取るな!!)

 実際か、仮冒かは分からぬが、義澄妹から生まれた義稙猶子という「御所様」が背後に控えるなか、六角定頼、土岐頼武、朝倉孝景、内藤貞正らが京都を強襲した。近江勢、美濃勢、越前勢、丹波勢・・ーー

 中部─北陸─近畿人たちが、阿波人へ襲いかかる。ーーすでに、細川澄元病死の噂が流れ、二万いた澄元軍も大半が離散していた。

 五万ともいわれる寄せ手に対し、残る戦力は五千以下。

 それでも、京都市中では散発的な勝利を収めたと言うから、三好之長は、印象通りの粘り強い軍を展開した。

 (バカな!? ーーー〝玉〟はこなたにあるのだぞ!!)澄元の病状は不安材料ながら、なぜ、将軍からも見放された髙国が、これだけの大軍勢を連れてくる!!

 その義稙の猶子が髙国軍の背後にいようとは、思いもしない。

 敗走・・ついに捕らえられ、この倨傲で辣腕の、阿波の老雄も斬られた。

 凱歌は、髙国勢に上がった。

 京洛にひしめく地方人たちに、義稙も、呆気にとられてしまう。

 「上様、ご無事で何よりでございます」

 教養と作庭で知られた野州家出身の細川氏は、うやうやしく頭を下げた。

 ばつが悪い、どころではない・・自分が見捨てた男が、自分を担ぐ立場になったのだ。 しかも、髙国は、恨んでいる様子を尾ひれにも見せない。(なんだこいつは)彼はすでに、蒲生対い鶴御所に属している。彼を通じて、近衛家も政権にアクセスできる。

 三上流御所様、近衛摂関家、六角氏、朝倉氏、土岐氏・・やがて下剋上の風潮や斉藤(長井)父子、加賀一向一揆に削られていくが、この時の蒲生対い鶴御所は、巨大な革命政権だった。

 (あなたは、あなたのお子に担がれているのですよ。公方様)

 そのことを知らないと思えば、おのれを切った男でも、かわいいものだ。髙国は、おのれを裏切った摂津国人衆に腹を切らせる一方、義稙には微笑で臨み、八月には猿楽を開催して義稙を喜ばせた。

 だが、その一方で、両者の間の溝は深まっていった。

 翌大永元年(一五二一)三月七日、義稙は、京を出奔し、淡路へ逃れる。

 (また逃げられるのですね、上様)髙国の脳裏には、四大名の結束を促すために甲賀に出奔した事件がある。

 先年五月の等持院の戦いから、十ヶ月弱。この間、髙国は〝媒酌人〟として、活動したのではないだろうか。さすがに、五十五歳の義稙に、新妻を世話するのは無理がある。ならば、今こそ、六角義実を公に猶子と認められるか、あるいは近衛家から誰ぞを猶子に取るか。

 それとなく求めたとしても、おかしくはない。今や、彼の方が立場は上だ。

 (冗談ではない!!)

 今さら、今さらだ。

 亀王丸がいる!!

 あの義澄遺児を、おのれはすでに猶子とした。順当に行けば、自分が体調を崩し次第、あの少年が養子となり、将軍家を継ぐ。

 義稙が猶子にした時には、やっとで二つだ。ーー父親の記憶もあるまい。

 (わしとてそうよ・・人の親らしいことなぞ、何一つしておらぬ・・さりとて、あれの政敵になりかねぬ有象無象を増やしてやるほど、人でなしに堕ちた覚えとてない!!)

 「うぬは公方に人の親の一分も立たせなんだか六郎〈髙国〉ーーーーー!!」

 義稙が、亀王丸と面会したことがあるのかどうかさえ怪しい・・だが、玄冬の暗がりにあって、仕方なしにでも迎えた義子に、ふと、人の親にも似た温(ぬく)さを覚えたのも、また事実だ。

 すべての父(てて)親が、その一事で奮い立てるものを、会ったこともない童子に教えてもらったのも、争えない事実なのだ。

 そも、六角義実の家督相続を認めなかったのも、亀王丸の対立候補になるのを避けるためだ。

 猶子同士・・兄弟同士。

 骨肉の争いをさせるために、そんな関係にしたのではない!!

 髙国は、鼻白んだ。目を細めた。

 今や、三条御所は、おのれを何らかの陰謀へ引き込もうとする魔性の母胎(はら)だ。

 老王は、京を出奔し、淡路へ向かった。澄元が没した後、四国には、晴元という後嗣が、阿波細川家を率いている。

 もちろん、これは、髙国と阿波細川家とのシーソーゲームを傾ける、危険な行動だった。今さら、京兆家当主を巡る抗争を混ぜっ返すつもりはない。

 だから、これで、妥協を引き出す。義稙は、京都に留守居役を置き、自分が出奔した理由を御内書を御所に残していた。

 御内書を一読した髙国は、鼻から、細い息を発した。御内書を丁寧にたたみ、側近に言った。

「将軍が京を去られた」

 その目は、この事態によって開けた展望へと、向けられている。

 「新たな将軍をお迎えせねばならぬ」

 

 

 


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