第17話 「マジカ、バイバイ」
三日か、四日か、そのままだった。
日が変わったのは日差しでわかった。
朝になると飯が来た。フィリップたちと同じ鍋で食べた。
---
フィリップが覚えた日本語は「アリガトウ」と「マジカ」の二つだけだった。
何か言うたびに「マジカ」が出てきた。
飯のとき。「マジカ」
俺が絵を描いたとき。「マジカ」
天気が暑いとき。「マジカ」
なんでもマジカだった。
ドン・キホーテかよ。
---
ある日、アブディがやってきた。
縄梯子を上がってきた。相変わらず軽い感じだった。廊下を歩きながら俺を見て、ニヤッとした。
「ヘーイ、タク」
いつの間に俺の名前を知ったんだ、すごいなアブディ。
交渉は別の部屋でやるらしかった。
アブディがドアを開けながら、俺を手招きした。
入っていいのか。入った。
船長らしき男が一人、テーブルについていた。アブディと向かい合った。
英語でやりとりが始まった。ほとんどわからなかった。
アブディが目配せしてくる。わかってるよ、こういう時は、俺も唸ったほうがいいんだろう?うーーーん。腕も組んでおいた。
数字が出てきた。また数字が出てきた。
ガチの言い合いになってきている。これは、まずいんじゃない?
「ヘイ、アブディ」
耳打ちするふりをした。
アブディがこっそりウィンクした。合ってた!
相手がこっちを見た。アブディが何か言った。トーンが収まった。
しばらくして、握手した。
あ、俺も?サンキューサンキュー。
廊下に出たら、アブディが肩をたたいてきた。
「タク、グッジョブ!」
ちょっと誇らしい気持ちになった。
---
フィリップたちが廊下に出てきた。
みんな、固い顔をしていた。本当に帰れるのか、という感じだった。
フィリップも、笑っていなかった。笑ってないフィリップは、ちょっと別人みたいだった。
荷物を持っていた。
「グッバイ、タク」とフィリップが言った。
「グッバイ」と俺は言った。
フィリップが少し間を置いた。それからニヤッとした。
「マジカ、バイバイ」
笑いが起きた。
---
甲板に出た。フィリップたちも出てきていた。
縄梯子を降りた。
海が光っていた。
ハッサンが何か言いながらエンジンをかけた。エイルの方向に向かって走り出した。
後ろを向いたら、甲板にまだ人がいた。フィリップも笑いながら手を振っていた。
良かったな、フィリップ。俺が言うのもなんか変だけど。
貨物船が遠くなっていった。
---
エイルの港が見えてきた。
ハッサンが鼻歌みたいなものを歌っていた。
思ったより、うまくいった。
マジカ、バイバイ、か。




