第五話 ――ダンジョンでふたたび――
「おい」
低く、よく通る声が小部屋に響いた。
武闘家の肩がビクリと跳ねる。
ゆっくりと振り返ったその先には──
一切の笑みを消したローランドが立っていた。
空気が、すっと冷える。
「……くそっ、カラス野郎か」
男が苦々しく吐き捨てた。
その声の奥には、怯えが滲んでいる。
ローランドはゆっくりと歩み寄り──
次の瞬間には、その男の腕を掴んでいた。
「離せよテメ──」
バキッ。
「……え?」
腕が、ありえない方向に曲がった。
「ぎゃあああああああ!!?」
ローランドは顔色ひとつ変えず、
もう片方の腕にも手を伸ばした。
「やめっ──」
バキッ。
悲鳴を上げる暇もなく、武闘家は気絶した。
モヒカン野郎も、ローランドの気迫に毒されて
その場で白目をむき、泡をこぼしている。
ローランドは二人を入口側へ転がすように放り出し、
くるりとリンクの方へ向き直った。
さっきまでの殺気立った気配が嘘のように、
軽くて、どこかふざけた声で言う。
「大丈夫かい、おぼっちゃん?」
そして、口の端の血を拭いながら立ち上がろうとするリンクに、
ダンスに誘うかのように、静かに手を差し出した。
だがリンクは、その手を見て、
ほんの一瞬だけ迷い──
すぐに目をそらす。
「……必要ない。自分で立てるよ」
ツンとした声音だったが、礼は欠かさない。
「……ありがとう。助かった」
「いいっていいって。気にすんなよ」
差し出した手の行き場を失ったローランドは、
照れ隠しのように軽く笑い、
その手で自分の髪をかき上げた。
リンクは一度だけ瞬きをし──
何事もなかったように口を開いた。
「でも、なんでこんなところに? あんたも鉱石を?」
「あ、俺ちゃん?……まあ、そんなとこだな」
リンクは袋を持ち上げた。
「よかったら分けるよ。たくさん取ったから」
袋越しにリンクの顔が見える。
その瞬間、胸が跳ね上がった。
「……見つけた……」
こぼれたその声は、ほとんど囁きだった。
リンクはきょとんと首を傾げる。
「え? 何を?」
「あ、いやいやいや! えーっと、その……」
ローランドは慌てて言葉を濁し、
視線を泳がせながら、ひらひらと手を振った。
「俺ちゃんの鉱石は、もう見つけたよ〜ってことね。うん」
自分でも何を言っているのか分からないような、
そんな誤魔化し方だった。
胸の奥が熱くなったその感覚を、
ローランドはうまく処理できていなかった。
リンクが殴られた瞬間、視界が赤く染まった。
殺しそうになった。
手加減するのが、こんなに難しいと思ったのは初めてだった。
さっきは一瞬だけだが、目を離せなかった。
その理由が分からない。
分からないまま、胸のざわつきだけが残る。
ローランドは、ひどく困惑していた。
そして今──
リンクと正面から向き合ったとき、
右目の痛みと引き換えに、
胸の奥がじんわりと痛んだ。
(……おいおいおいおい、嘘だろ……。相手、男なんだけど……)
ローランドは自分の胸に手を当て、
小さく息を吐いた。
リンクはまだ気づいていない。
この瞬間から、
ローランドの“何か”が、静かに動き始めていたことに。




