第四十八話 ――ほんとうのきもち――
トリグレアの足があった場所は、もう塵ひとつ残っていない。
それでも矢を撃ち続けた。
怒りに任せて、ただ闇の矢を放ち続けた。
やがて魔力が尽き、矢は形を成さなくなる。
弓が手から滑り落ちた。
膝から、力が抜けるように崩れ落ちる。
「はあ……はあ……はあ……」
俯いたまま、荒い息を吐いた。
涙で顔がぐしゃぐしゃに歪んでいる。
ローランドは剣を握ったまま、ただ立ち尽くしていた。
「……返せよ」
小さく落ちた声。
ローランドがハッと顔を上げる。
「返せよ! アイラを返せよ!!」
地面に向かって叫びながら、両手を叩きつけた。
バンッ、バンッと乾いた音が響く。
ローランドは、口を開きかけて……そのまま閉じた。
沈黙が落ちる。
「なんで……僕に近づいた」
俯いたまま、顔を上げられなかった。
ローランドの喉が詰まったように動く。
かすかに笑った。
自嘲するように、ひどく低い声で。
「満足だったか?」
笑っているのに、涙がぽたぽたと落ちていく。
「僕の気を引いて……助けるふりして……」
ゆっくりと立ち上がる。
「……一緒に過ごして、まんざらでもない僕を見て……」
肩が震えた。
……もう、抑えられなかった。
「さぞかし面白かっただろうな!!」
喉が裂けるような叫びとともに、勢いよく顔を上げる。
涙で滲んだ視界の向こうで、ローランドが息を呑み、
胸を撃ち抜かれたように半歩だけ後ろへ下がった。
「……ちがっ……」
するりと手から剣が落ちた。
「バカにするな! そんなの……わかってたら……!」
拳を握りしめたまま、子どもみたいにむせび泣く。
「わかってたら……っ……!」
ローランドが手を伸ばした瞬間──
「さわるな!!」
空を切るように手を振り払った。
噛みつくように睨みつける。
目の奥が焼けるように熱かった。
ローランドは胸を締めつけられたような顔をした。
「どうでもよかったんだろ!?
最初から僕を騙すつもりだったんだろ!!」
声が裏返り、息が乱れ、怒りが一気に吹き上がる。
その瞬間、ローランドの身体がこちらへ飛び込んできた。
「違う!!!」
叫びと同時に、強く抱きしめられた。
その声は、張りつめていた何かが切れたように響いた。
抵抗しようとしても、腕に力が入らない。
嗚咽が漏れた。
「確かに……きっかけはこの右目かもしれない」
ローランドの声が震えているのが、すぐ耳元でわかる。
「……でも、騙そうなんて……そんな気持ちなかった」
肩が小さく揺れた。
「リンをもっと知りたいって思ったのは……俺の心なんだ。
右目なんて……関係ないんだ」
瞳を閉じて、言葉を絞り出す声は、まだかすかに震えていた。
その言葉に、目が大きく見開かれた。
アイラの死を悲しんでいたはずなのに──
いつのまにか、ロウに裏切られたと思ったことが悲しくて仕方なかった。
その気持ちに、自分で驚いた。
そしてまた、泣き出した。
「リン……泣かないで」
ふと、アイラの声が聞こえた気がした。
「……アイラ……」
声が漏れる。
ローランドが耳元で、そっと囁いた。
「俺は……ローランドだ」
ぎゅっと抱きしめられた。




