第四十五話 ――ひとつの真実――
どういうことだ……?
声は聞こえるのに、意味だけが頭に入ってこない。
トリグレアとロウが知り合い……?
途切れ途切れの会話しか耳に届かない。
真相がまったく掴めなかった。
壁沿いの木箱の裏で、リンクは震える指先を押さえつけながら、息を殺していた。
トリグレアが倒されてた? そんな……
だったら──
アイラは……どこに?
鼓動が早くなる。
息が、うまくできない。
あの夜の記憶が蘇る。
──また、間に合わなかったのか。
それでも。
逃げたくない。
決めたんだ。
トリグレアを倒すって。
震える膝を押さえつけるようにして、
リンクはゆっくりと──それでも確かに立ち上がった。
「トリグレア!! 覚悟しろ!!」
腹の底から絞り出すように声を張り上げ、
リンクは決意を込めて弓を引き絞った。
「なっ……リン!? お前……!」
ローランドの驚きが混じった声が響く。
「あら?」
トリグレアの目がわずかに見開かれた。
「ネズミの正体って……025に付き纏ってたガキだったのね」
「アイラのかたきだ!!」
「ちょっと待ちなさいよ。誰のことよ?」
トリグレアは片手を軽く上げ、面倒そうに笑った。
リンクの喉が震える。
声にならないはずの叫びを、無理やり押し出した。
「覚えてないとは言わせない!!
十二年前──セブル村を襲っただろ!!」
「セブル村?」
心底どうでもよさそうな顔のトリグレアに、
リンクはさらに狙いを定めた。
「……ああ……珍しい目の女の……」
ローランドの眉が、かすかに寄った。
「アイラを……アイラをどこへやった!!」
その必死さを、トリグレアは鼻で笑った。
「そう。そうだったの。だからなのね……ふふふふふ」
「何がおかしいんだ!!」
「やっぱり臓器にも記憶が宿るのよ」
トリグレアは流し目でローランドを見た。
ローランドの身体がびくりと跳ね、目が大きく見開かれた。
「だから025はこのガキにご執心なんだわ」
「黙れ!!」
ローランドが斬りかかる。
だがトリグレアはひらりとかわした。
「その女は死んだわよ。でも──一部なら、ちゃんと残ってるじゃない。ほら」
トリグレアはすぐにローランドへ近づき、
悪意に満ちた笑みで、リンクの方へ向けて乱暴に蹴り飛ばした。
ローランドは前につんのめる。
意味がわからない。
理解したくなくて、リンクはローランドを見た。
ローランドの──
アメジストの瞳が、露わになっていた。
視線が合う。
「……うそ……だ……」
リンクは、震える首をゆっくりと横に振った。
涙がいつ流れたのかも、もうわからなかった。
「嘘だ……嘘だ……嘘だ!!
嘘だぁああああああ!!!」
叫びとともに、矢を放った。
次々と、怒りのままに。
トリグレアは舌打ちし、身を翻す。
だが──
ローランドは一歩も動かず、その矢を受けた。
「危ないじゃないの!! このクソガキ!!
嘘なんか言っても仕方ないでしょ!
025、お前、死んでいくのを見てたわよね?」
ローランドは、顔を伏せるしかなかった。
肩が、わずかに震えていた。
「そ……そんな……」
弓が、指の間から滑り落ちる。
リンクはその場に膝をついた。
──いくらリンでも、これはダメ。
ローランドの言葉が蘇る。
あの夜、ふと気になった眼帯の下の瞳。
伸ばした手を掴まれたときに伝わった、あのぬくもり。
どうして、あんなにも惹かれたのか。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
ローランドの瞳。
アイラの瞳。
同じ色──アメジスト。
繋がってしまった。
気づきたくなかった真実が、容赦なく形を持って迫ってくる。
「……そんな……そんなはず……ない……」
リンクは胸を押さえ、呼吸を忘れた。
トリグレアは喉の奥から笑い声を漏らした。
人を嘲るためだけに生まれたような、冷たい笑い。
「あははははは!!
もうとっくに再会してるじゃないの。よかったわねぇ」
「貴様!! トリグレアァァァァァ!!」
ローランドの怒号が空気を裂いた。
そのまま、怒りのすべてを刃に乗せて突き刺すように──
トリグレアの心臓を貫いた。
「ぐふっ……っ」
嘲笑が、呻きへと変わった。
しかし、血を吐きながらも──口の端だけは笑っている。
「……無駄……無駄よ、025……!」
ローランドは不穏を感じ、距離を取った。
「これくらいなんともないわ。
新鮮な子供の血を、たっぷりと吸わせてもらったんですもの」
トリグレアは手を広げる。
「さあ、025。もう観念して私を受け入れなさい。
なんだったら、あのガキの一部をプレゼントするわ。
そしたらずっと一緒にいられるわよ」
誘うような眼差しで、ローランドを見つめる。
「ふざけんな!!」
ローランドは一喝し、剣を向けた。
こめかみに血管が浮かび上がる。
怒りが、もう限界を超えている。
トリグレアには理解できなかった。
どうして、こんなにも拒まれるのか。
苛立ちが、波のように胸を叩きつける。
「お前に私は倒せないわ!
最初から私のための器なのよ?
さあ──早く私にその身体を開け渡しなさい!」
その目は、憎悪と──狂った所有欲にまみれていた。




