第四十四話 ――歪んだ愉悦――
「あー、嫌だ嫌だ、気持ち悪い」
トリグレアが、心底うんざりしたように吐き捨てた。
その声は軽く、汚れた玩具でも見たかのようだった。
「造り物なのに変な感情持たないでよ。シラケるわね」
ゆっくりとローランドへ視線を向ける。
無感情だった瞳が、じわりと熱を帯びた歪んだ光へと変わった。
「さぁ、025。どうするの?」
指先をひらりと振る。
衣服も髪も瞬く間に清められ、
まるで最初から汚れていなかったかのように整っていく。
ローランドは剣を握り直した。
胸の奥で、じわりと怒りが膨れ上がる。
「……お前を、止める」
「きゃあ、怖い怖い」
トリグレアは赤黒い液体の中で両足をぱちゃぱちゃと無邪気に揺らした。
まるで子どもが水辺で遊ぶように、キャッキャと笑いながら。
やがて、ゆっくりと足を持ち上げる。
その動きは、ストリッパーが観客に見せつけるような、
妙に艶めかしいものだった。
赤黒い滴がぽたぽたと落ちる。
現れたのは──細く、節くれだった鶏のような足。
トリグレアはその異形の足をしっとりと地面へ下ろした。
土がわずかに沈み、湿った音が響く。
「なによ、そんな顔しないで。
ほら、もっと見せてよ? その必死な目……大好きなの」
ローランドのこめかみがピクリと動いた。
「ふざけんな……!」
踏み込む。
刃が閃き、トリグレアの首筋を狙う。
だが──
「おしいわね」
紙一重でかわされる。
トリグレアの髪が一筋、ふわりと浮いた。
斬撃は確かにかすっている。
白い肌に細い傷が走り、赤い線が滲む。
だが──彼はまったく気にしていなかった。
首筋に指を滑らせ、ついた血を見て嬉しそうに笑う。
「ねぇ、もっと本気出してよ。
私、逃げるの得意なの。
捕まえられなかったら……どうしようかしら?」
楽しそうに微笑みながら、後ろへ軽やかに跳んだ。
その動きは軽く、まるで遊んでいるかのようだった。
ローランドは追う。
だが、トリグレアは地面を蹴って反転し、
斬撃をすり抜けるようにかわした。
追いつけない──そんな焦りが胸を締めつけた。
「ほらほら、遅い遅い。
本当に025なの? がっかりさせないでよ」
「黙れ……!」
怒りが爆ぜる。
剣が地面を削り、火花が散った。
トリグレアは笑う。
狂気と快楽が混ざった笑みだった。
「いいわねぇ、その顔。
壊れそうで……綺麗で……たまらないわ!」
その声は震えていた。
興奮を抑えきれず、呼吸がわずかに乱れている。
ローランドの苦悶も怒りも、
すべてが彼の愉悦を煽っていた。
息を荒げながらも、
ローランドはトリグレアの動きを追い続ける。
だが、致命傷を与えられない。
かすり傷を増やすのが精一杯だった。
トリグレアは痛みを感じていないどころか、
斬られた血の一滴すら楽しんでいるかのようだ。
「もっとよ、025! あなたの限界……!」
ふいに姿が消えた。
ローランドの呼吸が、一瞬だけ止まった。
次の瞬間──
「見せて?」
耳元に、湿った息が触れた。
背筋が、ぞくりと冷える。
──こいつ……本気で遊んでやがる。
戦いは、まだ始まったばかりだった。




