第四十一話 ―― “マザー” ――
息を切らせながら5階層に着いたローランドとレイヴァンは、
あの場所の前で足を止めた。
扉が、わずかに開いている。
「……まさか」
二人は顔を見合わせ、無言のまま中へ飛び込んだ。
あの“トリグレアを閉じ込めた箱”のある部屋に着く。
鍵はこじ開けられ、中は……空っぽだった。
そこに“いたはずのもの”の気配すら残っていない。
「そんな……ばかな……!」
焦りが胸を締めつける。
二人は迷うことなく、トリグレアがよく使っていた広い部屋へと走った。
そこで目にしたのは──
奇声を上げながら、部屋中をかき回すように探し続けるキャロルの姿だった。
あたりに物を投げつけ、木箱をひっくり返しながら、
「どこにいるの〜」と、子供のように嬉しそうに叫んでいる。
その笑顔は、どこか壊れていた。
「キャロル! おい!」
ローランドの声は、まるで別の世界にいるかのように届いていない。
「……582!」
レイヴァンは、喉を絞り出すように叫んだ。
かつての番号で呼ぶ声には、痛みと迷いが滲んでいた。
ぴたりとキャロルの動きが止まる。
ぎこちなく、くるりとこちらへ向いた。
動きは、まるで機械仕掛けの人形のようだった。
「ああ! 025! 来てくれたのね!」
キャロルの視線は、レイヴァンではなくローランドへ向けられていた。
まるで、他の存在など最初からいないかのように。
ローランドは言葉を失った。
(……なんで、……俺なんだ?……)
背筋がぞくりと冷えた。
「……かなりイッちまってるな」
レイヴァンは舌打ちした。
「てか、なんで俺は無視なんだよ!!」
露骨に不満げな顔で、キャロルへ飛びかかった。
がっしりと抱きつき、動きを封じる。
「キャロル! 正気に戻れ!」
その声に、キャロルの表情が一瞬だけ揺れた。
「レイ……ヴァン……?」
しかし、次の瞬間、
キャロルは信じられない力でレイヴァンを振りほどいた。
反動で後ろへ弾かれ、
キャロルの背中が“例の入れ物”にぶつかる。
ずるり、とその場に座り込む。
力が抜け落ちたように、微動だにしない。
ローランドとレイヴァンは、短く視線を交わした。
その時──
入れ物の奥底から、空気が震えるような低い唸りが響いた。
まるで、長い眠りから何かが“息を吸い込む”ような音。
空気がじわりと重くなる。
冷たく、湿った気配が足元から這い上がってくる。
入れ物の縁をつかむように、生っ白くふやけた手がゆっくりと現れた。
指先から、どろりと血が滴り落ちる。
続いて、もう片方の手が縁を掴む。
ぎし……と、入れ物が軋む音がした。
そのまま、何かが這い上がってくる。
暗がりの奥から、“それ”の顔がゆっくりと持ち上がった。
血に濡れた髪の隙間から、ギラついた瞳がこちらを射抜いた。
そして──
トリグレアが姿を現した。




