第四十話 ――壊れた笑い――
魔物を避けながら、不自然な音のする方へと急いだ。
音が、だんだん大きくなる。
(……あそこだ)
ゆっくりと、壁が動いている。
(なんだ……?)
誰かが出てくる気配がした。
一番近い岩陰へと身を滑り込ませ、そっと様子を窺う。
子供……?
ボロボロだ。
怯えたようにそわそわして、こっちとは反対へかけて行った。
(……まさか、攫われた子供?)
続いて、人の気配。
(あの女……キャロル!)
どういうことなんだ……
あの子を助けるべきか?
追いつけるのか?
行けば、キャロルに見つかる。
扉も閉まってしまう。
あの子のことと、自分の思いを天秤にかけた。
どうすればいい──
胸の奥がきゅっと縮んで、思考がまとまらない。
その時、キャロルが子供を抱えて戻ってきた。
(……マズい)
思わず半身を引っ込めた。
子供はぐったりしていて、動かない。
息はあるみたいだ。
キャロルが姿を消し、岩の扉がゆっくり閉まっていく。
駆け寄って、急いで手をかざした。
「……鑑定!」
視界に淡い文字が浮かぶ。
──対象:岩扉
──動力:魔力
どうやら魔力で開くみたいだ。
ありったけの魔力を注ぎ込む。
わずかに扉が反応し、人が一人通れるくらいまでで止まった。
(ちょうどいい……これなら、入れる)
中は薄暗く、もうキャロルの姿は見えない。
あたりを見回す。
入ってきた場所のすぐそばに、何かの装置みたいなものがあった。
中からなら、これで開くんだろう。
逃げ道は残しておきたい。
けれど、これ以上音が出るのが怖くて、そのままにした。
これでも支障はない。
魔力回復を飲み干し、瓶を投げ捨てる。
深く息をはいて、中へと進んだ。
中はじめじめしていて、今までの階層と変わらない。
気味の悪い虫ばかりで、魔物はいない。
「……まいったな」
気配がする方へ、物陰に身を寄せながら進む。
途中、いくつか部屋のような場所があったが、誰もいなかった。
人が通った痕跡すらない。
やがて、ひときわ広い空間に出た。
土の匂いが、やけに濃い。
嫌なほど静かで、息が詰まりそうだ。
誰もいない。
それが逆に怪しい。
向こうの壁近くに、人一人が入れそうな大きな深い入れ物があった。
何でできているのかはわからない。
近づいて、中をのぞく。
腐ったような異様な臭い。
赤黒い液体と、どろどろしたものが浮いている。
直感でわかった。
(血と……肉だ)
そして、中に“何か”がいる。
全く見えないのに、目が合ったような気がした。
息を呑み、後ろに倒れ込む。
逃げようとするが、腰が抜けて立てない。
反対側の通路から足音がした。
(ヤバい……!)
這うようにして、離れた壁沿いの木箱の裏に隠れた。
心臓が破裂しそうなくらいに暴れる。
両手で口を押さえ、息を殺す。
(今の……何だったんだ)
通路から、バケツを持ったキャロルが現れた。
中のものを、さっきの入れ物にぶちまけている。
飛沫がかかったのか、それとも前からなのか、顔が赤く染まっていた。
すると、キャロルの動きがぴたりと止まった。
ゆっくりと首を傾け、耳を澄ませている。
薄く笑いながら、視線を這わせる。
まるで、隠れている場所を知っているかのように。
「……あら。ネズミが一匹、入り込んだのね。
ふふ……いいわ。ちょうど欲しかったところだもの」
バケツを投げ捨て、壊れたような笑い声を響かせた。




