第三話 ――ギルドにて――
街を歩き回ってみても、トリグレアの気配はどこにも見当たらなかった。
マキナードは広い。
多種族が行き交い、朝から雑多な気配が渦巻いている。
歩きながら、それとなく足元を確認してみたが──
あの夜に見た“鶏のような足”を持つ者はいなかった。
とはいえ、いつまでも街をうろついているわけにもいかない。
鑑定屋の手伝いをすることは決まっている。
だが問題はここからだ。
ヨゼフは、家にリンクを置きたくないらしい。
「早く寝泊まりする場所を決めろ。毎日働かれても困る」
鑑定依頼が来るのは一日に数件──いや、ない日もある。
そんな店で毎日店番をされては、確かに鬱陶しいだろう。
それに、宿に泊まるにも先立つものがいる。
手元に残っている金は、ほんのわずかだった。
(……仕方ない。稼がないと)
リンクは初めて、この街の冒険者ギルドへと向かった。
大きなダンジョンがある街だけあって、ギルドも巨大だ。
高い天井には魔灯が吊られ、朝の光を反射して淡く揺れている。
革の匂い、金属の擦れる音、冒険者たちのざわめき──
この街の“生きた空気”がそのまま詰まっていた。
掲示板には依頼がびっしりと貼られている。
依頼書を奪い合うように手を伸ばす冒険者もいれば、
酒の匂いを残したまま仲間と笑い合う者もいる。
リンクは掲示板を遠目に眺めながら、
自分のランクとスキルに見合う依頼を探していた。
リンクは弓使いで異例のBランクだ。
弓使いで高ランクは珍しい。
だがそれは、前のパーティーが優秀だったおかげでもある。
そしてスキルは“鑑定”。
冒険者にとっては、鑑定は“物の価値を知るだけ”の不遇スキルだ。
──だが、リンクのそれは違う。
相手の種族や名前、スキル……
その奥に隠れた“弱点”と“急所”まで視えてしまう。
この能力を知っているのは、前のパーティーメンバーだけ。
そして、その能力に最初に気づいたのは、かつての仲間であるエルフだった。
「じゃあ、その弱点に合わせて……矢を魔法で練ってみたら?」
リンクは属性をひとつずつ試した。
炎、水、風、土、雷、氷──
そして闇と光。造れる属性はすべて。
その結果を前に、二人とも言葉を失った。
しかし、攻撃魔法や防御魔法は使えない。
ただ矢が造れるだけだ。
それに、物理でしか倒せない魔物には玉鋼の矢を使うしかない。
弱い魔物なら短剣でなんとかなるが──
正直、リンクは強くない。
それでも、ある程度の階層ならソロで潜ることは可能だった。
ただ、ソロで迷宮品を売って生活する者もいるが、
浅い階層の品は安い。
稼ぎにはならない。
(……まずは軽い依頼からだな)
リンクは鉱石採取の依頼を選んだ。
鑑定でレア鉱石を見つけられるかもしれない。
依頼にない鉱石でも、希少なものなら高値で買い取ってくれる。
受付でダンジョンマップを受け取り、依頼内容を確認する。
出て行こうとしたとき──
「リンクさん! カード忘れてますよ!」
受付嬢の声がギルドに響いた。
──その声が、たまたまギルドにいたローランドの耳に届いた。
本来なら、ローランドはこんな時間から
ギルドに来るような男ではない。
娼婦たちと別れ、昨夜の飲み代分ほどの魔石を換金しに寄っただけ。
こんなところでカードゲームに参加してたのも、ただの気まぐれだった。
(……ん?)
ふと顔を上げた瞬間、
リンクの姿が視界に入った。
右目の奥が、ズキッと疼く。
思わず眼帯の上から押さえた。
今朝と同じ感覚。その時よりも痛みが強い。
まるで“気配”だけがこちらに触れてくるような、妙な痛み。
(……まただ。なんなんだよ、これ)
ローランドはそのまま固まった。
カードを持つ手が止まる。
「おい、早く切れよ」
隣の男に足で小突かれ、ようやく我に返る。
そのとき、
近くの席の冒険者がニヤニヤしながらリンクを見ていた。
ああいう連中は面倒だ。
ダンジョンでは、悪意ある冒険者に狩られることがある。
新人がパーティーを組まされるのは、そのためだ。
ヤツらの目に、リンクは“ただの弓使いの新参者”に映ったのだろう。
ガラの悪い冒険者が、リンクの後を追って立ち上がった。
いつもなら、ローランドは放っておく。
他人の揉め事に興味はない。
だが──
(……なんでだよ。無視できねぇのかよ)
右目の疼きが、まだ消えない。
ローランドはポーカーそっちのけで立ち上がった。
「おい、どこ行くんだよ!」
「悪い、降りるわ」
「はぁ!? 賭けの途中だぞ!」
ローランドは手札をバラバラと机に投げ捨てた。
カードが散らばり、周囲がざわめく。
原則、ギルド内でのゲームや賭け事は禁止だ。
職員に見つかり、テーブルは強制的にお開きになった。
ローランドはその混乱を背に、
リンクの後を追って歩き出した。
胸の奥の小さな違和感。
それがなんなのか、わからない。
(……あいつ、なんなんだ)
まだ知らない。
その背中が、自分の“始まり”と深く繋がっていることを。




