第二十六話 ――月に願う夜――
風呂から上がったローランドは、
濡れた髪を乱暴に拭きながらベッドに腰を下ろした。
湯気の余韻がまだ肌に残っているのに、
胸の奥だけが妙に冷えている。
天井を見上げる。
静かすぎる部屋が、やけに落ち着かなかった。
そもそも──
冒険者なんて助けようと思ったことは一度もなかった。
他人が死のうが生きようが関係ない。
何も詮索してこない、その場限りの女たちと
面白おかしく過ごしていればそれでよかった。
空っぽだった俺には、
それが一番、楽だった。
……リンクに出会うまでは。
目を閉じると、
昼間の光景が脳裏に浮かぶ。
ラミアが二体いるなんて思わなかった。
そのせいでリンクが危険な目に遭った。
あれは──俺の判断ミスだ。
リンクが矢を向けてきた瞬間、
胸の奥がひどくざわついた。
殺されても仕方ないと思った。
それと同時に、
どうしようもなく怖くなった。
失いたくない、と。
そんな感情、
生まれて初めてだった。
初めて、人に執着を感じた。
助けられて……よかったと思った。
他のヤツに触られたくないと思った。
非難されるのが、どうしても我慢できなかった。
仄暗い怒りを制御できなかった。
あの男を蹴り飛ばした時、
自分でも驚くほど冷静で、
それでいて、どうしようもなく頭にきていた。
リンクを見るたびに、
胸の奥が温かくなる。
目が離せなくなる。
愛おしいと思う。
何が何でも守りたいと思う。
女にすら、
そんな感情を抱いたことはなかった。
……なのに。
ふいに、
脳裏に映像が走った。
最初に映ったのは、
穏やかな昼下がりだった。
陽だまりの中で、
幼いリンクが泣きじゃくっている。
その小さな身体を、
誰かが優しく抱き寄せていた。
──いや、違う。
抱き寄せている“誰か”の視点が、
いつの間にか自分のものになっていた。
腕の温度も、
胸に伝わるふるえも、
全部、自分の感覚として流れ込んでくる。
そして──
そっと唇が動いた。
──泣かないで、リン。
大丈夫、大丈夫だから。
知らないはずの声。けれど、どこか懐かしい。
リンクのことを、愛おしいと思う──
その気持ちが、自分の胸に溢れだすようだ。
まるで、
その“誰か”の心に触れたみたいだった。
戸惑う間もなく、
映像がふっと切り替わる。
村が炎に包まれる。
赤い光が夜空を染め、
誰かの叫び声が遠くで響く──
右目が、かすかに疼いた。
ローランドは息を呑み、
ゆっくりと身を起こした。
窓の外へ視線を向ける。
月明かりが差し込み、
右目を照らす。
眼帯を外したその瞳──
薄紫の光が、
淡く、静かに揺れていた。
ローランドはその光を指先でなぞるように触れ、
小さく息を吐いた。
「……あいつ、もう寝たかな」
胸の奥が、
じんわりと温かくなる。
それが何なのか、
まだわからない。
ただひとつだけ、
はっきりしていることがあった。
──リンクを失いたくない。
その思いだけが、
静かに、確かに胸の奥で灯っていた。




