第二十五話 ――月に誓う夜――
家に戻るまで、
二人の間に言葉はほとんどなかった。
ローランドは何度か口を開きかけて、
「飯は……」
「風呂、どうする……?」
と気を遣うように声を掛けたが、
リンクは小さく首を振り、
そのまま自室へと入った。
扉が閉まる音が、
やけに重く響いた──。
部屋の灯りはつけなかった。
暗闇の中、ベッドに倒れ込む。
胸の奥がざらついて、
息がうまく吸えない。
悔しさも、悲しさも、気まずさも、情けなさも。
全部が混ざって、
どれがどれだかわからない。
目を閉じると、
今日の出来事ばかりが浮かんでくる。
──十二年。
あれから十二年経って、
ようやく、自分でも納得できる力を手に入れたと思っていた。
復讐のために。
アイラを奪ったやつを見つけ出すために。
なのに。
ラミアごときに後れを取った。
それどころか、
ローランドまで傷つけてしまった。
あのまま助けられていなければ、
自分の命はなかっただろう。
──救われたのは、これで二度目だ。
魅了に抗う自分を、
ローランドは優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫、大丈夫だから」
その声が、
胸の奥で静かに反響する。
枕に顔を押しつけた瞬間、
胸の奥で何かがきしんだ。
──泣かないで、リン。
大丈夫、大丈夫だから。
あの優しい声が、ふっと蘇る。
小さな頃、泣きじゃくる自分を
アイラはいつも抱きしめてくれた。
あの腕の温度。
あの匂い。
あの言葉。
全部、昨日のことみたいに思い出せるのに──
どうしてだろう。
さっきのローランドと重なった。
同じ言葉だったから?
いや、違う。
違うはずなのに──。
気づけば、
自分の手をじっと見つめていた。
ふるえている。
この手で、なにが守れた?
なにを救えた?
十二年かけて鍛えてきたのに、
結局、あの時と同じだ。
アイラを守れなかった時と──
何も変わっていない。
グラン=リュミエルで浴びた言葉が蘇る。
寄生してる弓使い。
お荷物。
役立たず。
それらを乗り越えて、
自分に自信がついたから、
最高の仲間と別れて、この街に来たのに。
なのに──
目の前の命を救えなかった。
あの時と同じだ。
もうあんな思いはしたくなかった。
誰かを守れるだけの力が欲しくて、
冒険者になったのに。
この手でアイラを奪ったやつを見つけ出し、
復讐するためだけに生きてきたのに。
無力さを、
いやというほど思い知らされた。
こんなことじゃ、
トリグレアを見つけても返り討ちにされる。
最悪でも相打ちに持ち込みたい。
もしアイラが捕らわれているなら、
逃がす時間だけでも稼ぎたい。
正面からじゃなくていい。
死角から一撃でも打ち込めれば。
そのためには──
……早く、隠し部屋を見つけないと。
残るは4階層と5階層。
沈んでばかりもいられない。
気持ちを切り替えて、
明日からまた探索を続けなきゃ。
リンクはゆっくりと身を起こし、
窓の外の月を見上げた。
静かな光が、
暗い部屋に淡く差し込む。
「……絶対に……」
小さく呟き、
拳を握りしめた。
その夜、
リンクはほとんど眠れなかった。




