第二十二話 ――思い――
「……リン!!」
ローランドの叫びは、
リンクには届いていない。
白影の弓が、
また引き絞られる。
狙いは──
迷いなく、ローランド。
「……やめろ……っ……!」
リンクの声はふるえていた。
止めたい気持ちだけが、かすかに揺れている。
その苦しさが、言葉の端ににじんでいる。
ローランドは歯を食いしばった。
「……そんな顔、すんなよ……」
その呟きは、
祈りのようにリンクへ向けられた。
次の矢が放たれる。
速さが迫る。
空気が裂ける。
ローランドは剣で弾きながら、
一歩、また一歩と前へ進む。
リンクの矢は、
いつも通りの軌道を描く。
真っ直ぐで、迷いがなくて──
それが今は、胸に刺さる。
「リン!!!」
ローランドは地を蹴った。
矢が飛ぶ。
剣が弾く。
魔力の残滓が散る。
距離が縮まる。
リンクの瞳は虚ろで、
それでも涙がにじんでいた。
「……ロウ……にげ……っ……!」
その顔が、その声が、
ローランドの胸をさらに締めつける。
「逃げるわけねぇだろ……!」
最後の矢を弾き飛ばし、
その勢いのままリンクへ飛び込む。
白影の弓を、
剣の柄で弾き落とす。
カラン、と乾いた音が響く。
よろけたリンクの身体を、
ローランドは後ろから抱きしめるように押さえ込んだ。
「……リン、もういい……!」
リンクの身体はふるえていた。
呼吸が乱れ、
熱がこもっている。
ローランドの腕の中で、
必死にあらがうようにふるえていた。
ローランドはそのふるえを抱きしめるように受け止める。
「大丈夫、大丈夫だから……」
その言葉は、
どこか懐かしい響きを帯びていた。
リンクの瞳が揺れる。
胸の奥で、
“あのとき”の影がかすかにざわめいた。
ローランドは、
そんなリンクを落ち着かせるように、
抱きしめたまま、ゆっくりと息を整える。
リンクの息づかいは細く、
熱だけがまだ抜けない。
「……ロ、ウ……っ……」
かすれた声が、
胸の奥に触れた。
……。
ずるり──。
背後で、肉が擦れる音がする。
ローランドは振り向かない。
崩れかけたリーシャの上半身が、
まるで操り人形のように持ち上がる。
その両腕が、
ゆっくりと広がった。
抱きしめるように。
誘うように。
壊れた笑みを浮かべながら。
下半身の蛇がしなり、
その“歪んだ抱擁”のまま、
二人へ迫ってくる。
伸ばされた腕の先は──
ローランド。
ほんの一瞬、空気が沈む。
ローランドだけを選んでいた。
リンクを抱きしめたまま、
ローランドは動かなかった。
ただ、
剣を後ろへ向けて真っ直ぐ突き出す。
ザシュッ。
肉を断つ感触が、
柄を通して腕に伝わる。
ラミアの動きが止まり、
そのまま崩れ落ちた。
ローランドは振り返らない。
リンクを抱きしめた腕の力を緩めず、
ただ低く、
静かに言った。
「……邪魔すんなよ」
その声は、
荒ぶるものではなかった。
おどけた調子でもない。
ただ、
底の見えない黒が静かに滲んでいた。
その黒は、怒りよりもずっと静かで、深かった。
リンクを巻き込んだこと。
リンクを苦しめたこと。
リンクを利用して嗤ったこと。
そして──
今、この瞬間を邪魔したこと。
すべてが、
ローランドの中で黒く燃えていた。
「リンに……触るな」
その呟きは、
ラミアに向けた殺意であり、
同時に、
誰にも聞こえないほど小さな宣告でもあった。




