第二十話 ――闇に沈む――
リンクがリーシャへ手を伸ばした、その瞬間だった。
暗がりの奥から、
ずるり──と、湿った音が響く。
光が届いた一瞬、
“それ”の全貌が露わになる。
リーシャの上半身は、
確かに人のままだった。
乱れた髪。
苦痛に歪んだ顔。
こちらへ伸ばされた腕。
だが──その下は、もう──
鱗。
肉塊。
ナーガの尾が、
ぐちゃりと絡みつきながら、彼女の腰を覆っていた。
まるで、
“下半身だけが闇に沈んでいる”
そんな異様な光景。
進化の途中。
不完全で、醜悪で──歪。
そのすべてが、
目の前の“それ”に凝縮されていた。
リンクの喉がひきつる。
ローランドの表情が、わずかに強張る。
ずる……り。
ぬる……り。
リーシャは、苦しそうにこちらへ手を伸ばしている。
だが──
すでに“別の生き物”に変わりつつあった。
そのとき、
見たくないのに、“鑑定”が勝手に走った。
──種族:ラミア(進化過程)
融合対象:リーシャ(人族)
進行度:72%
状態:不安定
鑑定の文字が視界に浮かんだまま、
リンクはその場に立ち尽くした。
「……っ」
息が止まった。
助けを求める、リーシャの瞳。
伸ばされた、震える指先。
けれど──
その身体はもう、人ではない。
救えない。
間に合わない。
どうしようもない。
胸の奥が、
ぎゅ、と締めつけられる。
理由なんて、考えるまでもなかった。
似ていた。
あのときと。
助けられなかった女性の姿が、
影のように胸をかすめる。
手を伸ばされたわけじゃない。
助けを求められたわけでもない。
ただ、自分を生かすために──
胸が痛い。
息が詰まる。
足が動かない。
「……っ」
喉の奥がひゅっと鳴った。
目の前で、リーシャの伸ばした手が、
力尽きたように、ゆっくりと下ろされる。
その仕草が、
“あのとき”と重なった。
助けられなかった。
届かなかった。
守れなかった。
その痛みだけが、
鮮明に蘇る。
リンクは歯を食いしばり、
力の入らない指先を握りしめた。
リーシャの手は動かないまま、
その瞳だけが、なおもこちらを見つめている。
縋るように。
泣き出しそうなほどに。
その瞬間だった。
リンクの視界の奥で、何かが“揺れた”。
「……!!」
頭の内側を、鋭い痛みが突き抜ける。
熱でも、冷たさでもない。
ただ、脳を直接掴まれたような、
そんな異質な痛み。
リンクは思わず頭を押さえ、
片膝をついた。
「……あ、ぐ……っ……」
呼吸が乱れる。
視界が滲む。
心臓が、妙に速く打ち始める。
リーシャの瞳が、
やけに近く感じた。
甘い。
柔らかい。
優しい。
──違う。
そんなはずはない。
けれど、
思考がまとまらない。
胸の奥にあった痛みが、
別の形に変わっていく。
罪悪感。
焦り。
後悔。
それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、
リンクの心を内側から押し流していく。
「……ロウ……逃げ……ろ……」
声は震えていた。
ただ、
“自分が危ない”
それだけはわかった。
リーシャの瞳が、
ゆっくりと細められる。
笑っているように見えた。
でもそれは、
人のものではない。
リンクの背筋がぞくりと震えた瞬間、
指先が勝手に動いた。
白影の弓が、
ゆっくりと持ち上がる。
身体が勝手に後ろを向いた。
「……や……め……っ……」
止めたいのに、止まらない。
弓が引き絞られる。
狙いは──ローランド。
「ロウ……にげ……っ……!」
泣きそうな声が漏れた。
背後で、
リーシャの形をしたラミアが、薄ら笑う。
その笑みは、
獲物を奪う喜びと──
どこか本能めいた欲が滲む、
歪んだ笑みだった。




