第十九話 ――暗がりの誘い――
薄暗い3階層の通路は、
湿った空気と鉱石の匂いが混ざり合っていた。
リンクは壁にそれとなく手を添え、
“鑑定”をかけていく。
ただ──
バレないように、慎重に、丁寧に。
「リン、こっちの鉱石どうだ? 高く売れそうか?」
前を歩くローランドが、振り返りもせずに軽く声をかけてくる。
「……うん、たぶん。質は悪くないよ」
本当は、鉱石よりも
“隠し部屋”の方が気になっていた。
でも、それを悟られないように自然に返す。
ローランドは満足そうに頷き、また歩き出した。
二人の足音だけが、静かな通路に響く。
通路の先で、ローランドがふいに足を止めた。
その視線の先には──三人の冒険者が倒れている。
「……ロウ、あれ」
声が出た瞬間、前へ踏み出していた。
ローランドは眉ひとつ動かさず、淡々とした声で返す。
「リン、まさか助けるとか言わないよな」
「当たり前だろ」
言葉より先に、足が動いていた。
そのうちの一人──リーダー格らしい男のもとへ駆け寄り、脈を確かめる。
「生きてる……! でも、かなり弱ってるな」
ポーチから気付け薬を取り出し、
男の口元へそっと流し込む。
男の喉がわずかに動き、かすれた息が漏れた。
意識は朦朧としているが、まだ息はある。
「……奥に……仲間が……ラミアに……連れて……いかれ……」
その言葉に、リンクの表情が強張る。
ローランドは肩をすくめ、剣を抜きながら言った。
「ほらな。どうせこうなると思ってたぜ」
「ロウ……!」
「わかってるよ」
ローランドは軽く顎をしゃくり、奥の通路を指した。
「行くぞ」
「うん!」
二人は駆け出す。
通路には、荒い呼吸だけが残った。
しばらく走ると、
通路の先に、うねる影が見えた。
ナーガの群れだ。
「ちっ、面倒くせぇ!」
ローランドが前に出て斬り伏せる。
リンクは後方から氷矢を放ち、動きを止める。
息を合わせなくても、
二人の動きは自然に噛み合った。
「ナイス、リン!」
「ロウが前で暴れすぎなんだよ!」
軽口を交わしながらも、戦闘はあっという間に終わる。
奥の間の入口付近で、ローランドが目を輝かせた。
「リン、見てみろよ! あのラミア、ナイスバディだぜ?」
「そんな場合か!」
即座にツッコむと、ローランドは笑いながら剣を構えた。
ラミアが、男性冒険者をとぐろで締め上げている。
男の顔は苦痛に歪み、
ラミアはその喉元へ、白い指先をゆっくりと這わせようとしていた。
その動きは、何かを味わう前のように緩やかだった。
「……っ!」
リンクが反応するより早く、
ラミアは二人の気配に気づき、
締め上げていた男を乱暴に放り投げる。
そして、鋭い爪をふりかざしながら襲いかかってきた。
「来るぞ!」
ローランドが前に出る。
リンクが援護の矢を放つ。
ラミアの爪が音もなく振り下ろされた瞬間──
ローランドの一閃がそれを断ち切った。
鮮やかな一撃。
ラミアは断末魔を上げて崩れ落ちる。
リンクは放り投げられた男性冒険者に駆け寄った。
「大丈夫か!」
男は荒い息を吐きながら、震える声で叫んだ。
「リーシャが……奥に……!
頼む! 助けてくれ!」
その言葉を聞いた瞬間、
リンクの足が勝手に動いた。
「リン! 待てって!」
ローランドの声が響くが、足は止まらない。
奥の通路は、さっきよりもずっと暗かった。
光が吸い込まれていくような、重たい暗さだった。
湿った空気が肌にまとわりつく。
ずるり。
暗がりの奥から、
何かが這い出すような音がした。
リンクは反射的に立ち止まり、
暗がりを見つめた。
光が届いた範囲に、
女性の上半身だけが見えた。
髪は乱れ、
顔は苦痛に歪み、
片腕をこちらへ伸ばしている。
「……たす……け……」
か細い声。
助けを求める、弱々しい声。
リンクの胸がきゅっと縮み、思わず前のめりになる。
背後で、ローランドの気配がぴたりと固くなる。
その視線が、暗闇の奥へ鋭く向けられた。
「リン! そいつは──!」
足は止まったはずだった。
なのに──
助けを求める声に引かれるように、
身体が前へ傾く。
ローランドの声が届くより早く、
手が伸びていた。
その瞬間──
暗闇の奥で、
肉が擦れるような湿った音がした。
ずる……り。
空気がひやりと冷たくなる。
リンクは思わず息を呑む。
ローランドの眉が、かすかに揺れた。
何かがおかしい。
その違和感だけが、
暗闇の奥で、静かに息をしているようだった。




