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ハニーオレンジとアメジスト ――運命が動き出す街で  作者: じゅんき


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17/27

第十七話 ――面影――

翌朝。


リンクは、胸の奥に残るざらつきを振り払うように、

いつもより早く目を覚ました。


暖炉の火は消えていて、

ローランドの寝室からは静かな寝息が聞こえる。


(……昨日の、あれ)


眼帯に触れそうになった自分の手。

伸ばした理由がわからない。


どうして“あの下”を見たいと思ったのか──

その衝動の方が、よほど怖かった。


掴まれた腕の感触よりも。

低い声よりも。


(……なんで、あんなに気になったんだろう)


ローランドの右目は隠れている。

色も、形も、何も知らない。


なのに──

何気ない日々の中で、ふと感じていた

アイラの視線と重なった。


光を受けてきらきらと輝く瞳。

──右目だけがアメジスト。


あの瞳に見つめられるだけで、

胸が温かくなった。


(……大好きだったんだ)


今さら言葉にすると、

胸の奥が痛む。


深く息を吐き、

黙々と朝食を作り、テーブルに置いた。


「……食べとけよ」


小さく呟き、ローランドが起きる前に家を出た。



向かった先はギルド。


受付ではなく──

奥にある、資料閲覧室。


ここには、魔物や薬草の図鑑から、

地方の記録書まで、さまざまな資料が並んでいる。

その中に──各地の犯罪者リストもあった。


(……あっちでは細かい情報が載らなかった。

ここなら、何か残ってるかもしれない)


グラン=リュミエルにいた頃も、

定期的にトリグレアの情報を確認していた。


だが、そこに載るのは

中央が把握している大きな事件ばかりで、

地方の犯罪の詳細までは追いきれていなかった。


だからこそ──

“地元”であるマキナードの資料に賭けていた。


分厚いファイルを開く。


ページをめくるたび、

ヘルハウンドによる村の蹂躙が記録されていた。


攫われた子供たちの数。

焼け落ちた家々。

生存者の証言。


その文字を追うたび、

胸の奥がきゅっと縮む。


(……アイラ)


あの夜の光景が、鮮明によみがえる。


あの“声を出しちゃダメ”という優しい眼差しは、

リンクが生き延びるための最後の願いだった。


ページをめくる。


──だが、肝心のトリグレアの情報は驚くほど少ない。


「二メートルを超す大男」

「真っ赤な衣装の若い女」

「鶏のような足をした奇術師」


証言がバラバラだ。


(……鶏の足、ってのは一致してるけど)


鳥系の獣人は何度も見てきた。

だが、あの夜に見た“おぞましい足”とは違う。


鳥獣人は争いを好まない。

歌って暮らす、穏やかな連中だ。


(……“魔人族”って見えたんだ……)


ページをめくる。


──そして気づいた。


(……目撃情報が……五年前から途切れてる?)


捕まった記録もない。

死体が見つかった記録もない。


(……雲隠れしてるのか?

それとも……もう死んだ……?)


胸の奥がざらりと揺れた。


もし死んでいるなら──

連れ去られたアイラは?


(……まだ、どこかに……)


どんな状態であっても。

どれほど変わり果てていても。


生きてさえいてくれれば──


「リ~ン? なにしてんの?」


背後から軽い声が落ちてきた。


「っ……!」


反射的にファイルを閉じ、

手元にあった“マキマキシの鉱石図鑑”で隠した。


ローランドが覗き込む。


「朝から勉強熱心だね~。

リンって、そういうとこ真面目だよなぁ」


「……別に。今日は店番だから一緒には潜れないぞ」


「ふーん? じゃあ俺ちゃんはどうすっかなー」


ローランドはその場で軽く考え込む素振りをし、

リンクが本を返却棚へ向かうのをじっと見送った。


(……なんか、隠してたよな)


ローランドの胸の奥に、

小さな棘のような違和感が刺さる。


それが何なのかは、まだ言葉にならなかった。



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