第十七話 ――面影――
翌朝。
リンクは、胸の奥に残るざらつきを振り払うように、
いつもより早く目を覚ました。
暖炉の火は消えていて、
ローランドの寝室からは静かな寝息が聞こえる。
(……昨日の、あれ)
眼帯に触れそうになった自分の手。
伸ばした理由がわからない。
どうして“あの下”を見たいと思ったのか──
その衝動の方が、よほど怖かった。
掴まれた腕の感触よりも。
低い声よりも。
(……なんで、あんなに気になったんだろう)
ローランドの右目は隠れている。
色も、形も、何も知らない。
なのに──
何気ない日々の中で、ふと感じていた
アイラの視線と重なった。
光を受けてきらきらと輝く瞳。
──右目だけがアメジスト。
あの瞳に見つめられるだけで、
胸が温かくなった。
(……大好きだったんだ)
今さら言葉にすると、
胸の奥が痛む。
深く息を吐き、
黙々と朝食を作り、テーブルに置いた。
「……食べとけよ」
小さく呟き、ローランドが起きる前に家を出た。
向かった先はギルド。
受付ではなく──
奥にある、資料閲覧室。
ここには、魔物や薬草の図鑑から、
地方の記録書まで、さまざまな資料が並んでいる。
その中に──各地の犯罪者リストもあった。
(……あっちでは細かい情報が載らなかった。
ここなら、何か残ってるかもしれない)
グラン=リュミエルにいた頃も、
定期的にトリグレアの情報を確認していた。
だが、そこに載るのは
中央が把握している大きな事件ばかりで、
地方の犯罪の詳細までは追いきれていなかった。
だからこそ──
“地元”であるマキナードの資料に賭けていた。
分厚いファイルを開く。
ページをめくるたび、
ヘルハウンドによる村の蹂躙が記録されていた。
攫われた子供たちの数。
焼け落ちた家々。
生存者の証言。
その文字を追うたび、
胸の奥がきゅっと縮む。
(……アイラ)
あの夜の光景が、鮮明によみがえる。
あの“声を出しちゃダメ”という優しい眼差しは、
リンクが生き延びるための最後の願いだった。
ページをめくる。
──だが、肝心のトリグレアの情報は驚くほど少ない。
「二メートルを超す大男」
「真っ赤な衣装の若い女」
「鶏のような足をした奇術師」
証言がバラバラだ。
(……鶏の足、ってのは一致してるけど)
鳥系の獣人は何度も見てきた。
だが、あの夜に見た“おぞましい足”とは違う。
鳥獣人は争いを好まない。
歌って暮らす、穏やかな連中だ。
(……“魔人族”って見えたんだ……)
ページをめくる。
──そして気づいた。
(……目撃情報が……五年前から途切れてる?)
捕まった記録もない。
死体が見つかった記録もない。
(……雲隠れしてるのか?
それとも……もう死んだ……?)
胸の奥がざらりと揺れた。
もし死んでいるなら──
連れ去られたアイラは?
(……まだ、どこかに……)
どんな状態であっても。
どれほど変わり果てていても。
生きてさえいてくれれば──
「リ~ン? なにしてんの?」
背後から軽い声が落ちてきた。
「っ……!」
反射的にファイルを閉じ、
手元にあった“マキマキシの鉱石図鑑”で隠した。
ローランドが覗き込む。
「朝から勉強熱心だね~。
リンって、そういうとこ真面目だよなぁ」
「……別に。今日は店番だから一緒には潜れないぞ」
「ふーん? じゃあ俺ちゃんはどうすっかなー」
ローランドはその場で軽く考え込む素振りをし、
リンクが本を返却棚へ向かうのをじっと見送った。
(……なんか、隠してたよな)
ローランドの胸の奥に、
小さな棘のような違和感が刺さる。
それが何なのかは、まだ言葉にならなかった。




