第十六話 ――揺らぐ夜――
昨日も今日も、ラミアに出くわすことなく探索を終えた。
討伐したという話も、まだ聞かない。
「……今日も空振りか」
リンクがぼそりと呟く。
もちろん、言っているのは
“隠し部屋に繋がる手がかりがまた見つからなかった”
という意味だ。
だがローランドは、そんな事情を知るはずもない。
「まぁ、いないならいないで平和でいいじゃん?」
ラミアに遭遇しなかったことを言っているのだと、
完全に勘違いしている。
リンクは投げやりに返した。
「ラミアなんか別にどうでもいい」
「えっ、そうなの?」
ローランドは目を丸くし、
次の瞬間にはニヤリと口角を上げた。
「てっきり会いたがってんのかと思ったわ~」
「……は?」
「だってさぁ、ラミアってアレだぜ?
美人で半裸。リン、見たいんだろ?」
「興味ねぇよ!」
「むっつりさんめ~」
「むっつりじゃねぇし!!」
ローランドは楽しそうに笑い、
リンクは耳まで赤くしながら視線をそらした。
(……隠し部屋のことは言えねぇし……
ほんと、女のことばっかだな)
換金用の袋には、採取した鉱石だけ。
ラミアの魔石は、まだ誰の手にも渡っていない。
食事を済ませたあと、
リビングで得物の手入れをするのが、最近の定番になっていた。
ローランドはソファに腰を下ろし、
黒い剣を膝に置いて布で磨いている。
銀髪が揺れるたび、光を反射して柔らかく煌めいた。
リンクはテーブルに白影の弓を広げ、
弦の張り具合を確かめながら、静かに手を動かしていた。
しばらく無言の時間が流れたあと──
ローランドがぽつりと呟いた。
「なぁリン。思ったんだけどよ」
「……なんだよ」
「俺の剣と、お前の弓……色、俺らの髪色っぽくね?」
リンクは手を止め、白い弓を見下ろす。
「……そうか?」
「そうだって! 俺の剣は黒、お前の弓は白。
なんかさ、ちょっとした絆っぽいじゃん。相棒って感じで」
「そんなの、たまたま偶然だろ」
そう言いながらも、
リンクの視線は白影の弓に落ちた。
この弓は──
前のパーティーメンバーのエルフ、ソレイユが持っていたものだ。
冒険者には珍しいエルフ族。
見た目は息を呑むほど美しく、
長い金髪と、太陽のような笑顔が印象的だった。
勝気で、自分を曲げない。
あのまっすぐさは本物で、
リンクにとって、今でも大切な仲間だった。
実際の戦闘で、ソレイユがこの弓を使っているところは
一度も見たことがない。
魔法と双剣の使い手だからだ。
“譲ってあげてもいいわよ”
そう言って白影の弓を差し出したときの笑顔を思い出す。
(……くれるんじゃないのかよ、って思ったけどな)
復讐のためにパーティーを抜けるとき、
残りを全額支払ったせいで貧乏になったのも、今となっては笑えない。
白影の弓は鑑定不能の高級品。
その価値を知っていたのは、リンクだけだった。
「……ん?」
ふと気づくと、ローランドがソファで寝ていた。
剣を抱えたまま、無防備に眠っている。
銀色の髪が頬にかかり、寝息は静かで規則正しい。
「……寝るの早すぎだろ」
リンクは苦笑しながら、ローランドの剣に目を向けた。
(これも……鑑定不能の、お宝なんだよな)
黒い刀身は、光を吸い込むように沈んでいる。
ただの武器ではない。
リンクの鑑定眼がそう告げていた。
起こすか迷ったが、
リンクはそっとブランケットを取りに立ち上がった。
戻ってきたとき──
なぜか、ローランドを鑑定してしまった。
リンクは普段、人を鑑定しない。
鑑定は──相手の素性も、能力も、過去さえも暴く行為だ。
嫌がる者も多いし、
昔、一度だけ不用意に鑑定してトラブルになったことがある。
それ以来、リンクは
“必要な時以外は絶対に鑑定しない”
と自分に言い聞かせてきた。
……なのに。
気づけば、ローランドに鑑定をかけていた。
(……もや?)
種族の欄に、薄いもやがかかっている。
こんなことは久しぶりだ。
国家鑑定士1級の自分でも見抜けない存在は、
“鑑定不能”か、この“もや”だ。
(……隠蔽してる?
もしかして……魔法が使えるのか?)
気にはなったが、考えても仕方ない。
リンクはブランケットをそっとかけた。
そのとき──
視線が、ローランドの眼帯に吸い寄せられた。
(……穴?)
よく見ると、小さな穴が無数に空いている。
……空気穴にしては、多すぎる。
(……見てる? ここから?)
気づけば、リンクの手は眼帯へ伸びていた。
その瞬間──
ガシッ
両腕を掴まれた。
「いくらリンでも、これはダメ」
ローランドの声は低く、しかし優しかった。
「……っ」
リンクは気まずくなって顔をそらす。
悪戯がバレた子供みたいに、肩をすくめた。
その様子を見たローランドは、
ふっと笑い、冗談めかして言った。
「責任取ってくれるの~?
お嫁に行けなくなっちゃう♡」
「……は?」
ぽん、と頭を軽く撫でられる。
そのままローランドは立ち上がり、
寝室へと姿を消した。
残されたリンクは、
胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
(……なんなんだよ、あいつ)
白影の弓を見つめる。
黒い剣を思い出す。
そして──
ローランドの、あの“もや”のかかった種族欄。
眠れない夜になりそうだった。




