第十五話 ――二つの軌跡――
3階層に降り立ったとたん、
湿った空気が肌にまとわりついた。
水気を含んだ土の匂い。
遠くで滴る水音。
薄暗い通路の奥で、何かがうねる気配。
「……嫌な空気だな」
リンクが小さく呟くと、
ローランドは肩を回しながら笑った。
「ま、リンがいりゃ余裕っしょ」
「根拠のない自信やめろよ……」
そう言いながらも、リンクは弓を構えた。
指先が自然と緊張を帯びる。
その瞬間──
「来るぞ」
ナーガの群れが、ぬるりとうねりながら迫ってきた。
遮蔽物はない。
逃げ場もない。
「前は任せろ」
ローランドが一歩前に出る。
その背中は、いつもより少しだけ頼もしく見えた。
リンクは壁を背に、矢をつがえる。
「……っ!」
5本の魔法矢が一斉に放たれた。
バシュッ、バシュッ!
光の軌跡が闇を裂き、
ナーガの急所を正確に貫く。
残った個体を、ローランドの剣が一息で斬り伏せた。
第一波が崩れ落ち、
通路に一瞬だけ静けさが戻る。
ローランドは剣を肩に担ぎ、
息ひとつ乱さずリンクを振り返った。
「リン、狙いエグくね? てか5本同時って何?」
「黙ってろよ。集中できない」
「いやいや、褒めてんのに~」
ローランドは笑いながらも、
リンクの弓に視線を落とした。
「その白い弓……前から気になってたんだけどさ。
どこで手に入れたん?」
リンクは少しだけ目を伏せる。
「……前のパーティーのエルフから。
結構いい値段で譲ってもらった」
「へぇ……エルフ製か。名前とかあんの?」
「白影の弓」
ローランドは目を丸くした。
「白くて綺麗なのに、扱いづらそうなとこがリンっぽいな」
「扱いづらくねぇし!」
「いや扱いづらいよな?」
「……うるさいな!」
リンクはぷいと顔をそらし、
次の波に備えて矢を生成しようと、
指先へ意識を集中させた。
魔力が集まり、矢の形を成す。
淡い光が揺れ、空気が震える。
ローランドはさらに尋ねた。
「氷の矢、得意なのか?」
「……一応、全属性の矢を作れる」
「は?」
ローランドは思わず変な声を出した。
「全属性!? そんなやつ滅多にいねぇよ!」
「……だから黙れって」
「いや無理。興奮して死ぬ」
ローランドは目を輝かせて、さらに前のめりになった。
「じゃあさ、魔法効かない相手にはどうすんだ?」
リンクはため息をつきながら、
矢の生成を中断し、玉鋼の矢を一本取り出した。
「そういう時は物理。爆発魔法の矢じりをつけてる。
重いから五本しか持てないけど」
「なるほどな……いやでもやっぱ化けもんだわ」
「褒めてるのか貶してるのかどっちだよ」
「もちろん褒めてる!」
リンクは呆れたように肩をすくめ、
わざとらしく前方へ視線を向けた。
その気配に──
通路の奥で、ぬるりと影が揺れた。
ナーガのシューッという音が響き、
湿った空気が震える。
「……来るぞ。第二波」
ローランドは剣を構え、
リンクは弓を引き絞った。
「行くぞ、ロウ」
「おうよ、リン!」
二人は息を合わせ、
迫りくる第二波へと踏み込んだ。
ナーガの影がうねり、
湿った空気がさらに濃くなる。
ローランドの剣が閃き、
リンクの矢が光の軌跡を描く。
二人の動きは、まるで最初から
“そう決まっていた”かのように噛み合っていた。
リンクはふと、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……なんでだよ)
理由は分からない。
ただ──
ローランドの背中が、
妙に近く感じた。




