アガート村防衛戦 8
「恐らく帝国が潜んでいるのは森の中。ライルに聞いた限りだと自警団の巡回ルートは湖から反時計回りに、大体半径五十メートルほどを中心に。原作の描写だと村が焼かれていたから、レッドドラゴンか、あるいは中級帝国魔法兵のどちらかは確実にいるでしょうね」
私の言葉に、アリアはほへぇ……と間の抜けた声を出した。
「よかったわね、レッドドラゴンのレアドロップは龍鱗よ? 竜の牙より素材としては有能ね」
「――いやいやいや! エリーたんの『中の人』なんでそんなに余裕なの!?」
難易度ノーマルのレッドドラゴンごとき羽の生えたトカゲだからだ。
難易度ノーマルでのゲーム上のヒットポイントが六千二百。暁光の剣を装備したカンストステータスの私なら一撃で終わってしまう程度だ。
武器の熟練度を上げるためにレッドドラゴンなんか万単位で狩っていた。弱いくせに連戦ボーナスが入るから熟練度上げには持って来いの相手だったのだが。
正直なところ、森の中に帝国軍が潜んでいる可能性が僅かにでも生まれた現状、虱潰しに森の中を歩き回って、運よく帝国の拠点に遭遇したら単独で壊滅させることも考えた。
いわゆるゲリラ戦なので、後々のための布石には繋がらないので思いついた時点で却下したが。
政治的なポーズのために『アガートが帝国の工作部隊に破壊工作を仕掛けられました』という大義名分は絶対に欲しい。だが同時に被害は可能な限り最小限にする。
「ドラゴンはどうでもいいわ、図体の大きなトカゲを退治するのと同じだもの。恐らくそれはアリア、貴女も同じ感覚だとは思う。ただ――」
言い淀む私に、アリアは不思議そうな顔をする。
……これは私も覚悟はしているつもりだ。あくまでも『つもり』であって、実際にはどうなるかがわからない。
いくら辺境伯軍と関わりが深いとはいえ、私は士官学校で正規の教育を受けたわけでもない、所詮は『中の人』が日本人だ。
「人を殺すことになるわ」
ゲームの世界だが、ここは現実だ。決定ボタン連打で帝国兵たちを倒すのとは訳が違う。
私はゴブリンという人の形をした魔物を既に殺している。それでも抵抗感が無いわけではない。
アリアに果たしてその手を汚す覚悟があるのか。
「……無い、かな。だって――」
「あたし、前世で人を殺してるの」
普通のオタク女子高生かと思ったらとんでもないヘビーな発言が出てきた。
「あたし、前世ではレイヤーやってたんだけど……あたしはそんな気も素振りも一切しなかったのに、勘違いしちゃったカメコがいて……それで」
少なくとも私がこの短い時間でアリアと接した限りでは、アリアは例えば配信で投げ銭を巻き上げたりするタイプではなさそうだ。
そういう金銭面でのトラブルというのは無さそうだろう。色恋営業もしていないとは思う。
「ある日の学校帰りに刺されて、抵抗して――包丁かナイフか思い出せないけど、奪い取ったので刺し返して……あたしの方が傷が浅かったのか、動かなくなったのを見ちゃった。でもそこで記憶が終わってるから……たぶんそれが、あたしの前世の死因」
過剰防衛には至らない、正当防衛だろう。なので『殺した』というよりは『結果的に死なせた』ということだろう。事件としては被疑者が両方とも死亡で片付けられる。
……そういえばネットニュースで似た事件を見た記憶がある。私の『中の人』が死ぬ四ヶ月ほど前の事件だった。確か片方が高校生でコスプレイヤーだという情報が出ていたような。
あの事件だとするならば、世論はかなり女子高生に同情的だった。野次馬が情報を掘れば掘るほど、中年男性が界隈でも要注意人物とされていたことが判明していた。
端的にまとめるならストーカー殺人事件だ。
「だから……あたしは、あたしの身が危ないと思ったら、平気で人を殺せるよ。それに――すごく嬉しかったの。やっとあたしを怖がらせてきた奴を殺せた、って」
怖いでしょ、とアリアは小さな声で付け足した。
仮に思い当たる事件がそうなのであれば、法に従っても私個人の感情としては『やむを得なかったこと』としか思わない。
「……理屈で貴女の感情を癒そうなんて思わないわ。そしてその上で、私が貴女に対しての感情に『怖い』というモノはないわね」
それを言ってしまえばライルだって人殺しだし、もちろんお父様やお母様、他の辺境伯軍の軍人たちも同様だ。
そして遅かれ早かれ、私だって人を殺すことになる。恐らく今日だろうが。
そういう価値観を持った世界に、私たちは生きているのだ。
「……エリーたんは、優しいね」
率直に言うともちろん同情はしている。あの事件と同一ならばなおさらだ。
だがアリアがそれを『人殺し』と受け止めているのなら、法の上では違うと言っても無意味だろう。ただ、どのような形であれ消化はできている点には驚いた。
「ちょっと重い空気にしちゃったね。それで、襲撃の件の打ち合わせだよね?」
暗い話はもうおしまい、と手を叩くアリア。私もこの件はこれ以上、深く踏み込むつもりはない。ただ、背負っているものの違いというものを感じた。
アリアは【ストレージ】の存在を知らなかった。
とりあえず村の農機具の斧で原作開始前のイベント、アガート村の破壊工作イベントを乗り切るつもりだったらしい。
難易度ノーマルを超火力紙装甲のビルドでクリアしたなら、手斧程度の貧弱な装備でもレッドドラゴンはともかく、帝国兵に負けることはなかっただろう。
八歳の幼子が手斧で帝国兵をなぎ倒す絵面を想像するとなかなかにシュールだが。
ストレージの中身を自己申告してもらったが、斧が得意なジョブが装備できる中ではなかなか攻撃力が高い『魔人の斧』があった。
防具は『アダマンアーマー』というフルプレートアーマー。高い防御力を持つが重い。その重さのせいで素早さに大幅にマイナス補正がかかる。
後手を取ってもいいから超火力で殴る。運用次第では後出し回復ができるのでそこまで悪くはない。斧は素早さがダメージ計算式に使われていないし――これはハード以降の話か。
そしてこの装備なら言うほど紙装甲でもない。物理の防御は申し分ないが、その代わりに属性防御が無いからラスボス相手では非常に厳しい戦いとなっただけだ。
レッドドラゴン相手を想定するなら防具は火属性に耐性のあるもの。当初の予定では出会い頭に倒してしまうつもりだったが、アリアとドラゴン退治に赴くこととなった以上、火炎ブレスを吐かれたらアリアの能力ならかなりの被害を受ける。
なのでダウンロードコンテンツで追加された、炎属性のダメージを無効化する『焔極の鎧』を貸し出すことにした。武器は斧系の最終装備『開闢の斧』。
私が自分用にチョイスした装備と違い、武器も防具も見た目重視の装備ではないためアリアからクレームが出るかと思ったが、意外にも好評だった。
そう、原作ゲームでは装備でパーティーメンバーの3Dモデルの見た目が変わる。そのためビジュアル重視の装備をするプレイヤーが女性には多かった。
特にアリアの『中の人』はコスプレイヤーだったのだから、そういうところをこだわりそうな気もするのだが。
嬉しい誤算だったのはこれらの装備を取り出した際、私がアリア用に、と意識していたらアリアの体型にぴったりなサイズで出てきた。
これなら万が一の局面の際、ライルに武器を貸し出すことになったとしても適切なサイズで取り出せる。
そしてついでにストレージ内の消費アイテムも確認してもらった。予想通り完全回復薬のエリクサーをアリアは使い切っていた。
元々難易度ノーマルだったら、フリークエスト分を抜きにすれば三本しか入手できないので使い切っていてもおかしくはないのだが。
その他には能力値上昇アイテムは『力の霊薬』以外はほぼ未使用だった。
ということはゲームの世界ではノンプレイヤーキャラクターに飲ませることができなかったアイテムだが、ここは現実に私たちが生きる世界。
『活力の霊薬』という体力を上昇させるアイテムをリーシャに飲ませてあげれば、病弱な身体も治るかもしれない。
私がそう話すとアリアはストレージから『活力の霊薬』を全て取り出そうとした。
いくらなんでもいきなり自分の娘が高価な薬を十本単位で用意してきたら、違う意味でリーシャは卒倒してしまう。事が済んでから頃合いを見て私から渡した方が自然なので、なんとか静止した。
先程までの重い空気はどこへ行ったのだろうか、というぐらい感情の切り替えが早かった。そして、無理してそう振る舞っているわけでもなさそうだったのが印象的だった。




