アガート村防衛戦 7
ライルは料理ができない。そもそも帰省したばかりで食材も何も無い。
そういうわけで村で唯一食事ができる酒場へと向かうこととなった。
「本当にいいのか? エリーが普段食べているようないいメシは無いぞ?」
「貴族だからって毎日いいものばかり食べているわけではないわよ……普通にパンと蒸した芋とサラダの日もあるし」
そもそも前世は一般家庭の生まれだから、どちらかというとそちらの方が好みなのだが。
ただし物流を考えるとこの世界だと、新鮮な野菜を使うサラダは豪華なメニューだが。
それに一応の名目上は視察だ。豊かなアガートという村では日頃住民がどのような食事を摂っているのかも知る必要がある。
「あ~らライル、いらっしゃい! ハッサンの言ってたことは本当だったんだねぇ。ひょっとして軍をクビにでもなったのかい?」
「まとまった休暇が貰えたから墓参りだよおばちゃん。それにいくら下っ端でも人手が足りないんだからそう簡単にクビにはならねぇよ」
よしよし、私の用意した設定を咄嗟に返せている。
ちなみに我が辺境伯軍が人手不足だというのは本当である。
戦略物資であるマナシルクの唯一の生産拠点であるアガートに人員を割く余裕も無いほどだ。この辺はおいおい解決していこうとは私は考えている。
「それで、そちらの可愛らしいお嬢ちゃんは? まさかアンタ、モテないからって小さい子に――」
「冗談でもやめてくれ……領都に住んでる俺の親戚だよ」
まあライルは場合によっちゃ自分の半分ほどしか生きていない小娘に手を出すのだが。一応アリア側からのアプローチだしその辺はノーカンにしてあげよう。
私は門番のハッサンの時と同様に八歳児モードで元気に挨拶する。
おばちゃん……恐らく女将さんはデレデレした顔をして注文が決まったら呼んでおくれ、と厨房に戻っていく。よし、ちゃんと通用するみたいだ。
アガートでは湖の方で穫れるマスなどの魚の方がメインなのだそうだ。いわゆるジビエ肉も時折食卓や酒場に並ぶが、安定して供給されないのでメインとはならないらしい。
葉物野菜はマナシルクの飼料としても使うから豊富だが、それ以外の穀物は行商人からまとめて買い付け。
「おさかながいい! あとサラダ!」
冷凍されていない新鮮な魚を食べるのは前世ぶりだった。私の『中の人』の前世が前世なので、新鮮な魚に飢えていた。
そして野菜はよっぽどしなびたモノでも無い限りは、どこでも味が担保されている。
「じゃあ俺は猪肉の腸詰めと芋を揚げたので。あと丸パンをひとつづつ」
ライルが女将さんを呼び、注文を伝える。
「……で、一応確認なんだが、食事と視察だけが目的じゃないんだろ?」
ライルの小声に頷いた。本当の目的は情報収集。
村唯一の食事ができる場所となると、自警団の面々やマナシルク工場の労働者などが訪れる可能性が非常に高い。
私たち以外の客の会話でなにか些細な違和感でもあれば、帝国との内通者の有無が察せられるかもしれない。
領都から来た八歳の女の子、という肩書はこういう際に非常に都合がいい。周囲をきょろきょろと見渡しても、物珍しさからそうしているのだろう、と認識される。
そういう点で事あるごとにライルが『領都の親戚の娘』と言ってくれるのは非常に助かる。
恐らくライルはその辺も理解した上で、わざわざ言ってくれているのだろう。
昼時なので客はそれなりに多い。村への道すがらにライルから聞き出してはいたが、この村の労働者は昼休みに家に戻るよりかは、弁当やこの酒場で昼食を済ませる人が多いようだ。
つまりここが情報の集積地であると判断してもいいだろう。
八歳児らしい落ち着きのない仕草をわざと取りながら、聞き耳を立てる。
今度領都の仕立て屋で新しい服を仕立てて貰いにいく話。これはよくある話なので無害。
行商人に領都で流行りの『かれーぱすた』なる料理のレシピを仕入れて欲しいとお願いした話。前世の私がよくやってたズボラ飯じゃないかそれは。まあスシがある世界だからカレーもあってもおかしくない。
森の巡回中に自警団の団員がずいぶんと長い事用を足していた話。もっと野菜を食べろ。
「……結論としては恐らく、自警団の誰かが手引している可能性が僅かにでもあるわね」
「誰だって腹の調子が悪いことぐらいあるだろ?」
「大まかな流れなのだけど……まず森にドラゴンが徘徊しているという情報が出る。ドラゴンともなるとさすがに自警団総出でもないと倒せないわよね?」
ライルは半信半疑ながらも、ドラゴンが出た場合の対処を想定して頷く。冷静に評価するならば、現時点のライルではドラゴンとは五分の勝負にしかならない。
辺境伯軍でも五指のライルでそうなのだから、自警団員ではせいぜい追い払う程度しかできない。
「つまり現状、帝国軍の拠点は森の中のどこかにある、と判断しても問題ないわ。むしろ私ならアガートを襲撃するなら、この森の中に足がかりを作る」
「……ドラゴンが出てくるのは確定事項なのか?」
私が頷くと、ライルが頭をかく。
「お嬢、さすがにドラゴンは聞いてねぇぞ……『竜殺し』なんざここ最近だと、うちのボスぐらいしか成し遂げていない偉業だぞ?」
『動く城塞』バルドゥールの強さを象徴するエピソードが、国境付近に出没したはぐれドラゴンを単身で討伐したという逸話。
私からすると『たかが難易度ノーマルのドラゴン』だ。先に述べた通り、私ならビンタ一発でドラゴンを黙らせられる自信がある。
だがあくまでもドラゴンは陽動。アガートが壊滅した最大の理由は手薄になった村の防衛を突破した帝国軍の兵士たちによる蹂躙だ。
つまり自警団員総出でなければ追い払えないような過剰戦力を用意しておくことで、破壊工作を容易にしているというわけだ。
「まあその、用足しが長かった自警団員が甘言で、村の戦力を帝国軍に漏らしている可能性はあるわ」
用足しなだけにか? とライルが言う。私も一瞬思いついたが、乙女に対してデリカシーの無い発言だ。
「つまり村の戦力は……ライル、貴方の分も含めて帝国軍には筒抜けね」
ただし辺境伯軍の十人隊長として。これを見越してライルを『うだつの上がらない辺境伯軍の下っ端』と振る舞わせてきた。
ライルならばドラゴン相手は五分なのだが、帝国兵にとっては『十人隊長』という肩書は侮るに値する。
この僅かな情報から推定できるファクターは、間者はライルを『辺境伯軍の十人隊長が丸腰で帰省してきた』と帝国軍に報告するということだ。実際は格闘に秀でたライルなので丸腰でも問題ないのだが。
そういう意味でも辺境伯軍の実力者の中でもアガート出身がライルなのが渡りに船だった。アリアの母親であるリーシャをよく知る攻略対象という原作の設定が上手いこと作用してくれている。
「……うん、これで私の方針は固まったわ。そして逆に襲撃の予定は前後する可能性もあるわね。早ければ今晩じゃないかしら?」
いただきまーす! と八歳児モードでマスのカルパッチョもどきにフォークを伸ばす。
寄生虫? いたとしても私にダメージを与えられるとでも?




