第2章 悪役令嬢ルクレツィア 9
いくら非公式と言えども、お茶会の準備というのはなかなか骨が折れるものである。
例えば季節の花をより華やかに見せるように剪定したり、茶菓子を何にするのかといった細かなことまで。
これらはルクレツィア主催のお茶会である程度は技術レベルを確認しているが、そっくりそのまま真似して提供するのは、恐らく私らしくないだろう。
庭師や屋敷の料理人との打ち合わせ、アリアのドレスの手配、ストレス解消の鍛錬、その他諸々で時間はあっという間に過ぎ――そしてお茶会の前日の昼過ぎに、モントクレール家の家紋の入った馬車が通過した旨を、ランドヴァルトの門番からの早馬で告げられた。
私室の窓からバスティオン本邸からやや離れた位置に、ルクレツィアが乗ってきた馬車と、それを囲むような護衛たちの姿が見える。
護衛たちは四名、それぞれ異なる装備をしていることから冒険者であることが遠目でも分かる。
恐らくモントクレール家――というよりはセレンディア商会御用達の冒険者の中でも、腕利きの者たちなのだろう。
領軍の規模が小さいことから護衛に回すだけの人員が足りないわけではなく、等級の高い冒険者を雇えるという証明という意味合いが強い。
モントクレール家から告げられた、ルクレツィアの滞在予定日数は移動日を含めて四日。
ただお茶会に出席するだけにしては長い。恐らく侯爵からバスティオン領を見てくるように言い含められているのだろう。
「お嬢様、ルクレツィア様のお出迎えの準備はよろしいですか?」
リーシャではなく、お母様の専属メイドが私に声を掛けた。
「今行くわ――ああ、それとリーシャとお母様の準備は?」
本来ならリーシャが知らせに来るのだが、リーシャとお母様にはある演出のために、敢えて席を外してもらっている。
「いつも以上に熱が入っておられるようで。エルファリア様のお考えを忘れているかのようでした」
そのぐらい自然な方がルクレツィアにも効果的だ。
玄関ホールへ向かいながらこれからの日程と、私が仕掛けた演出を何度も頭の中で繰り返す。
そのひとつひとつを、ルクレツィアが気に留めなくとも構わない。些細な違和感として蓄積されていけばいい。
「……しかし本当にその服装ですか。簡素なドレスが慣例ではありますが」
モントクレール領へ訪問した時と同様の、フリルの付いたドレスシャツにハイウエストのロングスカートという姿に、メイドが何かを含むように言う。
「これも意図があってのことよ。まあ私はエルフの姫としての正装でも構わないのだけど?」
私の冗談にやめてください、とメイドが言う。
いくら正装とはいえ、さすがに露出過多なエルフの姫装束は着るつもりはない。
玄関ホールには既にメイド長と執事長が待機済みで、私の姿を見るなり深々と礼をしようとする。
私はそれを右手の軽い仕草だけで制した。
「今は結構。ルクレツィア様の出迎えに集中してちょうだい。私の機嫌など、後でいくらでも取れるでしょう?」
形式的な挨拶など、今は無駄でしかない。
彼らにはルクレツィアを自然に、かつ丁重に迎えることに集中してもらった方が良い結果をもたらす。
門の方から短く、鐘の音が三回鳴る。賓客の到着を告げる合図だ。
それに合わせて使用人が正面玄関の扉を開け放ち、メイド長は私の身だしなみの最終確認。
金色のたてがみをなびかせた立派な体躯の馬に引かれ、ルクレツィアの乗る馬車が近づいてくる。
護衛たちは目的地へ到着した安堵からか、初めて訪れるであろうバスティオン家の屋敷に少し肩の力を抜いている様子が伺える。
だが、周囲への警戒を怠る気配は一切ない。
植え込みの影や屋根の上、死角となりそうな位置を素早く一瞥し、危険がないことを瞬時に確認している。
そして警戒すべき死角などを知らないような人間相手ならば、そうと気付かせないように行っている。
……護衛依頼を相当経験しているか、あるいは不意打ちが頻発する魔物や野盗の討伐に慣れているか。
いずれにせよ等級だけではなく、練度がかなり高い冒険者を護衛として雇っているということだ。
モントクレールの馬車が正面玄関前に停車する。他家の馬車を初めて間近で見るが、やはり板バネによる簡易サスペンションを搭載している馬車はまだ知られていないようだ。
「ルクレツィア様、遠路はるばるバスティオン領までお越しいただき、感謝申し上げます。父は執務のためお出迎えできず、失礼を承知でお許しをいただきたく存じます。なお……非公式という体裁ではありますが、此度の茶会にてルクレツィア様が何かを得られることを、バスティオン家はひそかに期待しております」
私のカーテシーと同時に、使用人一同も礼をする。
ルクレツィアは何かを言いたそうな表情を浮かべていたが、すぐに微笑みを取り戻した。
格式という視点からすれば、私のこの挨拶は異例極まりない。
主催者が私であったとしても、本来であれば家長か、不在の場合は領主の伴侶が挨拶をするのが慣例だ。
しかもそれは、華美になりすぎない程度の盛装を纏って。
恐らくルクレツィアは、私が用いた『非公式』という言葉から、事前にある程度の想定をしてきたはずだ。
だがしかし――私は、簡素な私服で堂々と出迎えている。
ルクレツィアが一瞬言葉を失ったのも、無理はないだろう。
「当家に滞在中、ルクレツィア様には別棟にお部屋を用意させていただいております。旅の疲れもあるでしょうから、まずはゆっくりとお休みくださいませ。お茶会は明日の午後を予定しておりますが、ご都合がよろしければ、その前に軽い庭園散策でもいかがでしょうか?」
私の言葉に、ルクレツィアはわずかに目を細めた。
夕食会が無い以外は、モントクレール家で私が受けた扱いと同格の対応。
「ルクレツィア様、ご案内いたします」
執事長が恭しくルクレツィアを先導し始めた。私はその場に留まり、軽く会釈して見送る。
本邸と別棟との間では、リーシャがお母様から魔法を教わっている。執事長には敢えてその前を通るように伝えてある。
王国最強クラスの魔法使いが、私の専属メイドという身分とはいえ、平民に直接指導している光景。
ルクレツィアがそれに気づいた際、どのような反応を示すのだろうか。
ルクレツィアに同行していたのは、夕食会の際に私を案内したモントクレール家のメイド長だった。
一般的に考えるとまだ若干早いが、そろそろ専属の使用人が決まっていてもおかしくはない。
……どうやらモントクレール侯爵は私の意図も読み取ってくれたようだ――これがルクレツィアにとっての教育の場である、と。
主催のお茶会で、ルクレツィアにとって代表的な友人の二番手として紹介したアデルが私に対して犯した大失態も、恐らく既知なのだろう。
言い換えるならばそれは、ルクレツィアが辿る未来のひとつ。
ルクレツィアは確かにあの場で友人の非礼を謝罪はした。だが――まだバスティオン家が公に抗議していないがために、結論が保留されているだけだ。
私が――そしてルクレツィアが振るえる、貴族という身分が持つ力の恐ろしさ。
それをまだ彼女は知らない。




