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第2章 悪役令嬢ルクレツィア 8

「――モントクレール伯へ提供する武具だが、何故ショートソードとメイスで充分と考えた?」


「メイスのような鈍器は整備が不要――それでいて、平民でも最低限の訓練で扱える武器と判断しました。ショートソードは洞窟などでの取り回しが優秀ですし、やはり剣こそが冒険者という稼業の見栄のためです」


 私と入れ違いのような形で、そこそこの大きさの魔物の巣を潰してきたお父様から、ルクレツィアとのお茶会での報告を求められた。

 報告書は提出済みだが、アガート村同様に私の口から直接回答を得たいらしい。


「バルドゥールも昔は剣だったわよねぇ。毎回ボキボキ折るものだから鍛冶組合から散々文句を言われていたけどぉ?」


「……ああ、昔は血気盛んで英雄譚に憧れていた頃だな。剣にこだわって無茶な戦い方をしていたものだから、よく折っていた」


 バスティオン製の剣を折るという、人外じみた逸話を惚気話のついでに披露しないで欲しい。

 我が父ながら堅物、という印象が強いが、かつては辺境伯――厳密に言うと『辺境伯』という役目を担った伯爵家の長男だったお父様は、若かりし頃に出奔、つまりは家出をしたらしい。

 そして偽名を用いて冒険者組合に所属し、王国内のあちこちを冒険者として旅して回っていたのだとか。

 冒険者としての最終的な立場は白金級――つまり、冒険者としての頂点。

 バスティオン家からの魔物討伐依頼で正体がバレて連れ戻されたらしいが。

 自由業である冒険者として頂点まで上り詰めた経験が、自分の責任は自分で負うという強い意識を植え付けたのだろう。

 領の気風以上に『責任』を重んじるようになったのは、その頃の経験が大きいに違いない。

 ……私からすると、そもそもバスティオン家の依頼を受領するな、という話ではあるが――まあ無理も無いだろう。

 冒険者組合の依頼内容についてはモントクレール領で確認済みだが、護衛や傭兵の類は依頼主が秘匿されている。

 当然といえば当然だろう。

 護衛や傭兵の依頼は直接指名もあるが、基本的には商業的な競争や政治的な駆け引きに直結しやすい。

 依頼主の身元が明らかになれば、商売の相手や交易の経路、さらには敵対勢力への情報漏洩のリスクが生じる。

 ちなみに有力な冒険者パーティーが食いつくような条件を敢えて設定し、騙し討ちのような形で出し抜くケースもあるとライルから聞いた。

 そう考えると冒険者というのもなかなか過酷である。


「それはさておき、ルクレツィア嬢のお茶会を経て、私が友誼を結べる相手と判断したのはリンデ伯爵家でしょうか。バスティオン領の食品に、三女のアンネリーゼ嬢が強い興味を持っていました」


「バスティオンとしては繋がりが薄いが、リンデ家は中立の中でも地方寄りの姿勢だな。無論、そこまで言うにはエルファリアの事だから人間性を加味しての判断だろう?」


 一瞬身構えてしまうほどに強烈な見た目だが、アンネリーゼは私の知識では『皆を支えるため』に奮戦するような善人だ。


「――では逆に、エリーが絶対に付き合いたくないって相手はいたのかしら?」


 ――これは正直に言っていいものだろうか。お母様の問いに、一瞬言葉が詰まった。

「……居るのだな? お前が害と見做す相手が」


「……ヴァルモン家のアデル嬢、彼女を危険と判断しました」


 これはごく個人的な感情だ。アリアを、リーシャを預かる身としては本来なら口にしてはいけない。


「ヴァルモン家、か……中央の司法に携わる家だな。私が正式にバスティオンを継ぐ事になった際にも、シルヴァハの事について色々言われたな」


「ある意味では我が家にとっては因縁の相手ねぇ。ニヴに盛大に喧嘩を売ったことは向こう五百年は忘れるつもりないわよぉ?」


 私としてはアデルはたかが取り巻きA、という印象だったが……お父様達にとってはアデルの生家、ヴァルモン家はそうではないらしい。


「事実の裏取りもせずに、初対面で糾弾された――と言えば、理解頂けるでしょう」


 お母様がため息を吐く。


「ヴァルモン家に抗議の文書、送らなくちゃならないわねぇ。バスティオンとニヴの連名でいいかしら?」


 噂話がたとえ事実であったとしても鵜呑みにして、初対面の相手を公衆の面前で糾弾するということは、かなりの非礼となる。

 そしてアデルが糾弾した内容についても制度上、リーシャを専属に起用することは一切の問題がない。

 あくまでも慣例が奉公で迎え入れた貴族の子女である、というだけで明文化されていない。

 言い方を変えれば、バスティオン家に泥を塗る行為であり、ただの言いがかりに近い行為だ。

 ……つまりこちらも抗議をするのが慣例に従った場合だ。

 爵位自体は同じだが、格上のバスティオン家からの抗議――それは、貴族令嬢としてかなりの致命傷を負う。

 

「――お母様、抗議の表明はしばしお待ちいただけますか?」


 だが、それを行ってしまえば正当性というお題目を掲げて、一方的に断罪することになる。

 ――それは、アデルの行ったことと本質的に変わりがない。

 恐らく近いうちに、ヴァルモン家はモントクレールでのお茶会での娘の醜態を知ることになるだろう。

 バスティオンとして正式に抗議するのは、ヴァルモン家の出方を見てからでも遅くない。


「……なるほど、なかなかに悪辣なやり口だな。ヴァルモン家が娘の教育の誤りを認めないか、非を認めるだけの度量があるかどうか……興味深いところだ」


 意図しない結果なので、悪辣という評価は取り下げて欲しいところだ。

 ……正直なところ、予想以上の戦果だった。

 私はアリアと相対させることで、ルクレツィアの価値観を揺さぶるための布石を打つのが主目的だった。

 しかしルクレツィアの硬直を加速させる、アデルという要因を切り離す布石を打てるとは思わなかった。

 そのうえ、こうしてお父様たちへの報告で思考をまとめた結果、上手く扱えばヴァルモン家に恩を売ることとなる。


「……きっと、ヴァルモン家の娘もエリーの噂を鵜呑みにしちゃったのかしらぁ?」


 慣例を無視してお気に入りの平民を専属にし、淑女教育もそこそこに軍の教練所で暴れるお転婆令嬢。

 悪意のある切り取り方をすると、私の噂の評価はこうなる。

 そもそもリーシャのような魔法使いを正当に評価できるのは、戦場を知る者でしか不可能だろう。

 礼儀作法は後からいくらでも教育できるが、戦局を見極める観察眼は一朝一夕で身につくものではない。

 特にバスティオン家のような、常に戦場と隣り合わせの家では、礼儀作法よりもそちらの方が遥かに重要だ。

 淑女教育に関しても、アリアの進捗報告を受けているという立場から、一定の水準を満たしているのは理解できるはず。

 ……ただ、これら全てが内向きの判断であるため、外部にはなかなか伝わりにくいのだろう。


「――しかし、こちらからモントクレール家の長女に非公式の茶会の申し入れか……無論、この場合での『非公式』の意味をお前は理解しているのだろうな?」


 お父様への報告より先にアリアへと通達した通り――これは貴族令嬢の和やかな親睦の場のつもりはない。

 私が様々な制約を課し、盤上を制御できる場だ。

 そして本来なら参加すらままならない平民のアリアを――ルクレツィア攻略のための切り札を、実地訓練という名目で投入できる唯一の機会でもある。

 場の主導権を握る、というのはこういうことだ。


「なお、懸念事項としてはモントクレール家との関係に亀裂が入る可能性がありますが――」


「元々関係が薄いからあまり気にする必要ないんじゃないかしら? 私のエリーだから、そうならないように立ち回れると信じているけどぉ」


 お母様は優雅にティーカップを傾けながら、くすりと笑った。


「極論を言えば、モントクレール家がバスティオンにとって友好的である必要はない。その方が望ましいのは確かだが……我々に必要なのは『理解』だ」


 バスティオン領という最前線について、侯爵には夕食会の際に理解を深めてもらっている。

 もちろん数ヶ月前の出来事とはいえマナシルクという、高級品であるだけでなく、魔法を付与可能な素材としては一級品の戦略物資を狙っての帝国軍の工作活動があった旨も含めてだ。

 なおあの一件――私の初陣は、対外的にはバスティオンの領軍の特務部隊が対処した、ということになっている。

 私やアリアという、バスティオン――それどころか王国にとっての切り札を秘匿するためなら、この程度のプロパガンダは自然だろう。


「……さて、領主としての評価はこのようなところか。今回は与えた権限の範疇ですべて収まっている――が、お前ならもう一歩、踏み込んだことまでやりそうなのだがな?」


 どこまで先を読まれているかは分からない――お父様が獰猛な肉食獣のような、そんな笑みを浮かべた。

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